ドナルド・デイヴィドソン『合理性の諸問題』

 この日記を見直しみたら本格的な分析哲学の本を読むのはクリストファー・チャーニアク『最小合理性』以来2年ぶりくらい。そしてデイヴィドソンの『主観的、間主観的、客観的』以来3年半ぶりくらいということで、正直苦戦しました。
 チャーニアクのときにも書きましたが、年をとると仕事上必要でもない限り、この手の難しい本はだんだん読めなくなっていきますね。


 一応、帯には「デイヴィドソン哲学の格好の入門書」という文句がありますが、正直、ここから入るのは辛いでしょう。
 なにか解説書を読むか(一番お手軽なのは森本浩一『デイヴィドソン』) 、あるいはデイヴィドソン哲学の基礎的な論文が収録されている『真理と解釈』から読むべきでしょう。
 ただ、大きな体系をなすデイヴィドソン哲学の相互のつながりや、他の哲学者との関係といった事を知るには役に立つ論文集で、初期の論文集よりは哲学的な立ち位置のようなものが明確になっているとは言えるのかもしれません。
 また、最後にインタビューも付いているのでデイヴィドソンの思索の跡をたどることもある程度は出来ます。


 ウィトゲンシュタイン、そしてクワインは時に今までの真理のあり方を根底から揺さぶるような考えを提示していますが、彼らの影響を受けたと思われるデイヴィドソンはタルスキの真理の理論という、一見すると「つまらない」真理の概念を用いて理論を組み立てているように思えます。
 もちろんウィトゲンシュタインは『確実性の問題』でかなり強固に「真理」の概念を打ち出していますし、彼らが真理を軽んじていたわけではありません。
 この『合理性の諸問題』を読めば、一見すると退屈なタルスキ=デイヴィドソンの真理論とウィトゲンシュタイン的な考えとの共通点が見えてきます。


 例えば、第1論文「合理性と価値」の次の部分。

 私の出発点はデカルトと同じである。すなわち、私が確実に知っているのは思考が存在することであり、私はそこから何かが帰結するかを問う。しかしながら、デカルトとの類似性はここで終わる。なぜなら、私は自分が知っていると思っていることの大部分を疑うふりをすることに何の意味も見出さないからである。そのような振りを遂行できたとすれば、私は残りの信念からその多くを剥奪しなければならず、それゆえその問いにどう答えたらよいのか、あるいはそもそもその問いをどう抱けばよいのかさえわからないだろう。そこで私は中間から出発すべきだろうし、明らかにそうしなければならないと思う。すなわち、われわれは周囲の事物や心を持つ他者の存在についておおむね正しい見解を持っていると仮定すべきであろう。(中略)もちろん、われわれは多くの事柄について誤りを犯しがちであるが、誤謬が可能であるのは真理が十分多く捉えられているからである。(21p)

 ここにはウィトゲンシュタインの『確実性の問題』に通じる問題意識と哲学的な態度があります。
 そして、ここからデイヴィドソンは「知識の獲得は主観的なものから客観的なものへと進んでいくわけではない。それは全体論的に出現し、最初から共同的なものなのである。」(41p)と、全体論的な結論を引き出すのです。


 また、意思決定論などをとりあげながら思考について論じた第9論文「思考に必要なもの」の次の部分でもウィトゲンシュタインとの類似性は現れています。

 自分は誤っているかもしれないという思考を持つことのできない生物は、いかなる概念も思考も持たないのである。このように言えるかぎりで、思考の可能性は、客観的真理の観念、すなわち、われわれとは独立なもののあり方が存在するという観念に基づいている。(236p)


 けれども、第10論文「思考、意味、行為の統一理論」の次の部分になると少しウィトゲンシュタインとは違ってきているような気がする。

 ある行為を選択することが信念と欲求の結果であるように、ある文を真とみなすことは意味と信念の結果なのである。(256p) 

 僕の拙いウィトゲンシュタイン理解だと、ウィトゲンシュタインは真理を理解するために意味を持ち出したりはしないんじゃないかな?
 この「思考、意味、行為の統一理論」は難しくて半分も理解出来ていないんだと思うけど、おそらく非常に大事なことを言っていて、それこそデイヴィドソンの「統一理論」の一つの重要なリンクになっている論文だと思う。
 

 最後に収録されたデイヴィドソンへのインタビューでは、その変わった人生と共に、いかにひとつの論文を時間を書けて読み、考え抜いたかということが書かれていますが、ほんとに理解しようと思ったらもっと時間をかけて何度も読まないとダメですね。

 
合理性の諸問題 (現代哲学への招待 Great Works)
ドナルド・デイヴィドソン 金杉 武司
4393323114


真理と解釈
ドナルド・デイヴィドソン 野本 和幸
4326100907


デイヴィドソン 〜「言語」なんて存在するのだろうか シリーズ・哲学のエッセンス
森本 浩一
4140093145