ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』

 いろいろと忙しくて読むのに3ヶ月くらいかかってしまいましたが、面白かった!
 都市論のバイブルとも言えるこの本は、解説で訳者の山形浩生が「本書のすごいところは、表層的な議論を付き抜けて、そもそも都市の本質とは何かというところまで掘り下げた批判を展開できたことだ」(480p)と評しているように、まさに「都市の本質」を明らかにした本。
 とにかく、あらゆる点から都市の問題、そして本質が分析され、既存の机上の都市計画、建築家の理想、政治家の思い込みといったものが容赦なく批判されています。
 山形浩生が強調するように、ジェイコズズが学者や政治家ではない「アマチュア」であったからこそ、既存の見方にとらわれずに全く新しい都市の見方を打ち立てることができたのでしょう。
 

 読むのに時間がかかっったということもあるし要約の難しい本なので、いくつかの印象に残った部分を引用して簡単にコメントを書きます。

最初に理解すべきなのは、都市での公共の平穏〜歩道と街路の平穏〜をおもに維持しているのは警察ではないということです。(47p)


 都市の近年の大きな問題の一つは治安の問題だと思われています。
 日本のような犯罪の増えていない国でも、選挙のたびに治安が大きな問題として取り上げられ、警察の増員や取り締まりの強化が訴えられます。
 けれども、ジェイコブズは都市の治安を守るのは警察というよりも人々の目だといいます。そして、その目というのはあからさまに犯罪を監視する人々の目ではなく、街路の商店の人やそこを歩く人々のたんなる存在です。街路の安全が機能するのは、人びとが「都市の街路を自発的に利用して大いに楽しみ、自分が治安活動を行っているということを通常はほとんど意識しない場合なのです」(52p)。
 これを読むと、秋葉原の治安を守るために「ホコ天」を止めるというのはあまりいい手段ではないですよね。


 こういうふうに書くと、ジェイコブズは政治権力に反対する「市民派」のように感じるかもしれませんが、次の部分などを見るとジェイコブズとこの本がそういった単純なイデオロギーでは分類できないものであることがわかります。

居住が人生の他の部分から切り離されているあらゆる計画では、必然的に母権社会の理想が幅をきかせます。子供たちの偶発的な遊びが、専用の保護区に封じ込められているあらゆる計画でもそうなります。こうした計画に影響された子供の日常生活に伴う大人社会はすべて、母権社会にならざるを得ません。(103p)

「自然を感傷的に捉えるのは危険です。ほとんどの感傷的な発想は、気づかれないかもしれませんが、その根底に根深い敬意の欠如があるのです。おそらく世界一自然を感傷的にみている私たちアメリカ人が、おそらく世界一貪欲で冒涜的な、野生と田園地方の破壊者でもあるのは、偶然ではありません」(471p)


 上の2つの引用は、日本によくいる「市民派」の人びとには厳しい指摘かもしれません。というより、「自然」、「子どもの安全」といったキーワードは「市民派」に限らず、一般的に誰にも反対されない魔法の言葉です。
 しかし、例えば子どもを「安全な公園」に押し込めることは子どもの偶発的な遊びや社会との関わりを奪い、地域から監視の目からも遠ざけます。ゾーニングによって、子供たちがかえって社会から隔離されてしまうこともあるのです。
 そして、「自然」への感傷的なあこがれは、「郊外での田園生活」という幻想を育み、退屈な郊外とスプロール現象をうみます。
 このようにジェイコブズの立場は単純なものではなく、先入観、あるいはイデオロギーといったものに縛られていません。


 さらにジェイコブズには「経済」というものがわかっています。
 のちにジェイコブズは経済学批判の本をいくつか書いており、山形浩生によるとそれはあまり筋のいいものではないそうです。ですから彼女が「経済学」をわかっているかどうかは微妙です。
 けれども、ジェイコブズには建築家や都市計画者には見えていない「都市の経済」というものが見えています。
 例えば、ジェイコブズは都市における古い建物の必要性を訴えます。

 あたりを見回していただくと、一般に新築ビルの費用を負担できるのは、老舗か高売り上げか、標準化された事業か、あるいはたっぷり補助金の入った事業であることがわかるでしょう。新築ビルにはチェーンストアや銀行が入ります。でも近隣酒場や外国レストランや質屋は古い建物に入ります。(中略)もっと顕著かもしれませんが、街路や近隣の安全と公共生活に必要で、その利便性と人間的な性質で親しまれている、何百という普通の事業所は、古い建物でならうまくやっていけますが、新築ビルの高いオーバーヘッドだとまちがいなく潰れます。
 どんなものであれ全く目新しいアイディアというのは〜それが最終的にはどれほど儲かったり成功したりするようになっても〜新築ビルの高いオーバーヘッド経済の中では、そんな確率の低い試行錯誤や実験の余地はまったくありません。古いアイディアが新しい建物を使えることはたまにあります。でも新しいアイディアは古い建物を使うしかないのです。(214ー215p)

 

 これは近年のショッピングモールの同質性を見れば頷けることではないでしょうか?
 どこへ行ってもユニクロ、GAP、ABCマートスターバックス…と同じようなテナントで埋め尽くされています。これは新しいショッピングモールのそれなりに高い家賃を賄うにはこれらの「計算できる」商売でないと難しいためでしょう。
 近年のニュータウンを見ると、その商店の活気の無さは顕著ですが、これはジェイコブズの理論からすると、家賃の高さと、そして建物がみな同じように古びていってしまって、新しい建物と古い建物が混在する余地が無いためなのでしょう。


 このように都市に対する洞察が詰まっているのがこの本。
 文体が多少饒舌すぎてなかなか読みづらい部分もなくはないのですが、50年前の本でありながらいまだに古びない「古典」と言えるでしょう。


アメリカ大都市の死と生
ジェイン ジェイコブズ Jane Jacobs
4306072746