『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』

 メリル・ストリープはさすがの演技。旦那役のジム・ブロードベントや若いころのサッチャーを演じたアレクサンドラ・ローチもよい。
 認知症を患ってしまった現在のサッチャーの姿から彼女の生涯を描くことで、「鉄の女」という強いイメージだけではない、「人間・サッチャー」を描こうという狙いもわかる。
 けれども、全体的に物足りない。
 例えば、実在のイギリスの重要人物を描いた映画としては、女王・エリザベス2世をヘレン・ミレンが演じた『クィーン』があるんだけど、それと比べても物足りない。
 その原因の一つは、政治家としてのサッチャーを短い時間で描こうとしていながら核となるエピソードが無いこと。
 一応、この映画ではフォークランド紛争がそれにあたるんだろうけど、それならやはりもっと時間をかけて描くべき。また、「テロなどに屈しない強いリーダー」を前面に出すなら、ブライトンのホテルでIRAによる爆弾テロに巻き込まれた際の声明とかを映画でもきちんととり上げるべきではないかと。
 

 あと、認知症になったときからの回想という形でサッチャーが映画化されているので、どうしてもサッチャーが「無害化」されてしまっている。
 個人的にはサッチャーのことを政治家として評価していますし、娯楽映画においてサッチャーに対する批判が必要だとも思いません。ただ、これほど長い期間首相の座にあり、強烈な個性を発揮した人物の功罪というのはもっとインパクトがあったはず。この映画では晩年の人頭税の導入をめぐる独善ぶりこそ描かれていますが、「イギリス社会、あるいは現代の社会にとってサッチャーとは何だったのか?」といった視点はほぼないです。
 まあ、メリル・ストリープの演技をはじめとして、「人間ドラマ」として楽しめる部分の多い映画ではありますが、「政治家」を描いた映画としては物足りないところがありますね。


 ちなにも政治家としてのサッチャーのスタイルや手法を分析した本としては専門書ですが、以下の本が面白いです。


サッチャリズムの世紀 新版―作用の政治学へ
豊永 郁子
4326301856