キルメン・ウリベ『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』

 著者はスペインのバスク地方に生まれたバスク人で、この小説のオリジナルはバスク語で書かれています。
 バスク人といっても日本では多くの人がピンと来ないかもしれませんが、タイトルの「ビルバオ」という地名を聞いて、サッカーファンならアスレティック・ビルバオとその特異なチーム構成を思い出す人もいるかもしれません。アスレティック・ビルバオは他チリーガ・エスパニョーラのチームが外国人を積極的に補強する中で選手をバスク人に限定しており(近年は多少その原則も緩んでいるようですが)、それにも関わらずリーガで好成績を残しているチームです。


 バスク人はスパインとフランスにまたがった地域に住んでおり、9世紀から17世紀にかけてナバラ王国という国を作り独自の言語と文化を育んで行きました(ちなみに日本において最も名前の知られている外国人の一人であるフランシスコ・ザビエルバスク人)。
 その後、ナバラ王国はスペインとフランスによってその領土を失いましたが、フランコ政権下のスペインではバスク地方の分離・独立を目指すバスク祖国と自由ETA)が結成され、数々のテロ事件などを引き起こしています(2006年にETAは停戦を宣言。そのことはこの小説の中でも触れられています。ただ、その後、停戦の宣言は破られ再びテロも起こっている)。
 

 と、このようにバスク人の歴史を紹介し、この本があえてマイナーな言語であるバスク語で書かれた小説であるということを言うと、「民族の闘い」を描いた小説を想像する人もいるかもしれませんが、まったく違います。
 「魚と樹は似ている」という詩的な文章から始まるこの本は、著者のウリベがビルバオからニューヨークへと向かう飛行機の中で思い出すバスク人の画家アルレリオ・アルテタの謎や漁師だった父や祖父をめぐる思い出とその足跡をスケッチしたような作品で、これらの材料を何とかして小説にまとめようとするウリベの現在の姿と、バスクをめぐる過去が交互に語られていくような構成になっています。


 そこにはもちろんフランコ独裁の暗い影や、バスク語をめぐる感動的なエピソードといったものもあるのですが、一番印象に残ったのはスペインからスコットランドのセントキルダ島やロッコール島(現在は「岩」とみなされている)の沖合まで漁に行っていたバスク人たちの姿。
 時代が変わり、機械化された他国の漁船ガスつげんしても200海里経済水域が設定されても、逞しく、そしてユーモラスに生き抜こうとするバスク人漁師たちの姿は非常に印象的です。


 この本は、明確なストーリーを持った小説ではなく、詩とエッセイと小説の中間にあるような作品です。
 飛行機で移動する著者と、著者の物語る過去のバスク人たちの生き方を通じて、地域に閉じこもった民族主義ではない開かれた民族主義のようなものを感じ取ることができます。
 遠い日本にやってきたフランシスコ・ザビエルだけではなく、南米の独立のために戦ったシモン・ボリバルキューバ革命の英雄チェ・ゲバラバスク人の地を引いているといいます。この作品にはそうした英雄たちは登場しませんが、そうした英雄たちにつながる何かを丁寧に拾い上げてくれています。


ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ (エクス・リブリス)
キルメン ウリベ 金子 奈美
4560090246