アルベルト・ルイ=サンチェス『空気の名前』

 白水社<エクス・リブリス>シリーズの1冊。
 帯には「「現代のシェヘラザード」が紡ぐ精緻な物語のアラベスク北アフリカの港町モガドールで若い娘ファトマが投げかける謎めいた眼差し、町の人々のあいだで交錯する生と性の予感…。/メキシコで最も権威ある文学賞「ハビエル・ビジャウルティア賞」受賞作」とあります。
 この紹介を読んで北アフリカを舞台にした作品なのに、メキシコの文学賞を受賞というところに「おや?」と思った人も多いでしょう。
 この小説、モロッコのモガドールという街(現在の名前はエッサウィラ)が舞台なのですが、作者はメキシコ人。メキシコシティに生まれ、パリに渡り、ロラン・バルトにも師事していたという人物。そしてモロッコエッサウィラでその街とイスラーム文化の魅力に取りつかれ、この小説を執筆したそうです。
 というわけで、作者は同じ南米生まれの作家ロベルト・ボラーニョなんかと同じように、コスモポリタン的な経歴を持った人物です。


 ただ、中身に関して言うとその表現はともかく、内容的にかなり古臭いと思う。
 小説は、モガドールの街に暮らす少女ファトマの「性の目覚め」を描いたもので、エキゾチックなモロッコの港町を舞台にして、ファトマは自らの変化の謎を追い求め、人びとはファトマの中に謎を見ます。物語で重要な役割をはたすのは中東に見られる公衆浴場・ハンマーム。時間帯ごとに「男性専用」「女性専用」となるこの公衆浴場は、イスラム女性にとっての社交の場でもあり、男性からは窺い知れない空間です。その空間を作者は欲望に満ちたエロティックな空間として描き出します。

 
 が、さすがにこれはサイード先生が怒るのではないか。
 この「中東」→「エキゾチック」→「エロティック」という描き方はエドワード・サイードが『オリエンタリズム』で批判した「オリエンタリズム」そのものではないでしょうか?
 別に「オリエンタリズムだからダメ」というわけでもないですが、この小説は中東やイスラム文化についての謎を、あまりにも単純に「少女の謎」に移し替えてしまっているように思えます。また、妙に寓話的に進む話の展開も、効果的と言うよりは取材不足を感じさせてしまいます。
 もちろん、この小説が生み出す独特なイメージを気に入る人もいるとは思いますけど、個人的にはいまいちでした。


空気の名前 (エクス・リブリス)
アルベルト ルイ=サンチェス 斎藤 文子
4560090262