レイモンド・フィスマン+エドワード・ミゲル『悪い奴ほど合理的』

 カバーやその紹介文などからみると、経済学というツールでさまざまな社会現象を切ってみせたスティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー『ヤバい経済学』の類書のように思えますが(実際、帯にはスティーヴン・D・レヴィット「経済学の本で、こんなに楽しくて重要なものはないんじゃない?」との推薦文を寄せている)、実は開発経済学の本。
 開発経済学の現場に立ちはだかる不正や腐敗や汚職、そういったものを何とか経済学の力で解決できないかと二人の経済学者が奮闘した記録がこちらの本になります。
 腐敗撲滅の秘策や、腐敗した国家のもとでも有効な援助の方法といったすごい解決策が提示されているわけではありませんが、援助と不正をめぐるいくつかの面白い切り口が紹介されています。

 目次は以下の通り。

第1章 経済開発に向けた戦い
第2章 スハルト株式会社
第3章 密輸ギャップ
第4章 氏か育ちか?腐敗の文化を理解する
第5章 水がなければ平和もない
第6章 千の傷による死
第7章 戦争から戻る道
第8章 経済的ギャングと戦うことを学ぶ
終 章 今回こそうまくやる

 主にフィスマンが第2章から第4章を、ミゲルが第5章から第8章を担当しているようで、ミゲルのパートの方が開発経済学的な話になります。


 開発経済学において、大きな影響力を持ってるのがジェフリー・サックス『貧困の終焉』などで提唱した「ビッグプッシュ理論」です。
 これは貧しい国が捕らわれている「貧困の罠」から脱出するためには、大規模な援助が必要であり、一定の援助によって経済が成長軌道に乗れば貧困から抜けださえるというものです。
 しかし、ここに立ちはだかるのが貧困国における政府の腐敗です。援助の多くは政府によって中抜され、かえって国民を抑圧するための資金源になりかねないこともあります。
 しかし、不正や腐敗というのは隠れて行われるものであり、なかなかその実態は掴めません。例えば、ある援助がある国で失敗したといっても、援助そのものに問題があるのか、その国の政府、統治機構に問題があるのかというのは簡単には確定できないわけです。


 そこで、この本の前半では不正や腐敗の「見える化」が目指されます。
 まず、第2章の「スハルト株式会社」は腐敗が市場でどのように評価されているかということについて。
 ここでは、インドネシアスハルト政権のもとでスハルトの息子が経営していたメディア関連のコングロマリット・「ビマンタラ・チトラ」の株価とスハルトの健康樹おタイの関係を見ることで、「スハルトとのコネがどのような価値をもっているのか?」ということを測定しようとしています。
 結果は明らかで、「ビマンタラ・チトラ」はスハルトの健康状態を敏感に(インサイダー情報があるのか時にフライング気味に)反映しており、この会社の業績の一部がコネで成り立っていることをうかがわせます。
 しかし、この本のよい点は、同時にそんなインドネシアがそれなりの経済成長を成し遂げたことにも注意を払っているところ。中央集権化された腐敗は、企業にとって無秩序なタカリよりもマシであった可能性を示唆しています。


 第3章の中国人の億万長者・頼昌星の密輸の手口について。
 彼は香港から中国への大規模な密輸で莫大な富を得たのですが、密輸されたのは麻薬や武器などではなく、ガソリン、タバコ、高級自動車、テレビなどの比較的一般的な商品でした。
 著者たちは、この頼昌星が莫大な富を得た香港ー中国本土間の貿易データを調べて密輸の規模を推定しています。それによると関税1%ポイント上がるごとに密輸ギャップが3%ポイント上がるという関係があり(75p)、高関税商品については、関税ではなく当局に賄賂を支払うというやり方が広く行われていたと推定しています。関税を上げれば税収が増えるわけではないのです。


 第4章は、国連のあるニューヨークにおいて、外交官たちがどれだけ駐車違反をしているかということと、出身国の腐敗度の関係を調べた研究。
 外交官には外交特権があり、駐車違反をしても罰金を支払わなくて済むのですが、基本的に低腐敗国出身の外交官は駐車違反をあまりせず(日本はゼロ)、高腐敗国出身の外交官ほど駐車違反をするデータになっています。
 ただ、母国の腐敗がストレートに反映されているわけではなく、高腐敗国とされるエクアドルやコロンビアの違反件数は予想に反して少ないです。これはもう一つのパラメータである「親米度」が関わっているようで、「駐車メーターでアメリカ政府に反抗する」(115p)という側面も存在するようです(ちなみにアメリカの外交使節団は渋滞緩和のためのロンドンの混雑料金について巨額の不払い金を抱えている…)。


 第5章からは開発経済学のお話。
 第5章では消滅しかかっているチャド湖を紹介しながら、アフリカでの紛争の要因としての降雨に注目しています。紛争の要因というとすぐに民族対立が頭に浮かびますが、例えば、言語・宗教。民族・文化の面でソマリアは多様性が最も少ない国の一つですし、ルワンダでの民族虐殺に関してもその背景にあった経済問題は無視できないといいます(139ー140p)。
 アフリカではGDPが1%低下すると、内戦の可能性が2%ポイント上昇するといいます。さらに、旱魃によって所得が5%低下すると、「翌年に内戦の発生する確率が、正常な降雨の年における約20%とすでに高い水準から約30%に上昇する」(147p)そうです。
 そして、この旱魃による内戦のリスクは民主制の国であろうと独裁制の国であろうと変わらないもので、今後、地球温暖化がこのリスクをさらに高める可能性もあります。


 第6章はタンザニアの「魔女狩り」というショッキングな事例からその背景と防止策を考えます。
 タンザニアでは毎年何百件という「魔女殺し」が起きており、西部のメアトウでは通報のあった殺人の半分が「魔女殺し」だったそうです(167p)。しかも、「魔女殺し」はほとんどは家族などの親密な関係の中で起こっています。
 このようなショッキングな事件ですが、実は経済的な背景があります。犠牲者のほとんどは年配の女性で、平均よりも貧しい世帯の出身。そして、天候不順などによって農業の収穫が激減した年に「魔女殺し」の件数は跳ね上がります。つまり、生き残るための人減らしなのです。
 事実、南アフリカのノーザン州では、気前のいい年金プログラムを導入したところ「魔女殺し」は実質的に消滅したそうですし、タンザニア南部のウランガ地区では魔女とされた女性を位置的に保護して治療する(料金は後払い)のシステムによって「魔女殺し」は抑えられています(173ー174p)。
 そして、このような分析を受けて、著者たちは旱魃に対する保険(降雨が少ないと保険金がおり飢えを防ぐ)を提案しています。


 第7章はベトナムを中心にして、戦争から復興できた国とうまくいかない国の違いを考察しています。
 ここでは内戦は国を分裂させるが、外敵との戦いは国民を一致団結させるといったことも書いてありますが、やはりこの章の後半で書かれているように統治機構の問題が大きいと思います。イラクではフセイン亡き後、アメリカが彼を支えたバース党と軍隊を解散させ、国づくりに携わらせなかったことが統治機構の欠如を生み出しました。

 第8章は後半のまとめともいうべき章。有効な援助や実践を見出すにはランダム化比較試験の手法が欠かせないということを訴えています。


 全体的に切り口は面白いですし、散りばめられているエピソードも興味深いのですが、全体としてみると切り口は鋭いけど結局きり切れていないものも多く、特にランダム化比較試験の重要性などを知りたいのであればアビジット・V・バナジーエスター・デュフロ『貧乏人の経済学』のほうがオススメです。
 ただ、開発や援助を考える上で、不正や腐敗の問題は避けて通れないものですし、そうした厄介な問題を解決する、あるいは引きずり出すための第一歩として読む価値のある本だと思います。


悪い奴ほど合理的―腐敗・暴力・貧困の経済学
レイモンド・フィスマン エドワード・ミゲル 溝口 哲郎
4757123280


貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える
アビジット・V・バナジー エスター・デュフロ 山形浩生
4622076519