舞城王太郎『淵の王』

 久々の舞城王太郎作品。今、このブログをさかのぼってみたら前に読んだのは2010年の『獣の樹』と『イキルキス』。『イキルキス』の中の「パッキャラ魔道」は良かったんですけど、『獣の樹』がいまいちだったのと、その前の超大作『ディスコ探偵水曜日』がいまいちで、その後あまりフォローしてませんでした。
 ところが、この『淵の王』が2015年のTwitter文学賞の国内編を獲り「舞城王太郎復活か?」と思って本屋に行ったものの近所の本屋には置いておらず、結局今回文庫化したので読んでみたのですが、これは良い!
 まずは文体と会話に勢いがありますし、読後感は初期の名作『世界は密室でできている。』を思い起こさせます。ホラーテイストの中に舞城王太郎ならではの「圧縮された人生」が上手く描かれています。


 この『淵の王』は、「中島さゆり」、「堀江果歩」、「中村悟堂」という3つの中編から構成されています。
 いずれも直接のつながりはないですが、テーマはほぼ同じで、それぞれの話での設定などがちょっとズレた形で響きあうようになっています。また、それぞれのタイトルは主人公の名前ですが、それぞれの主人公に少し似たところがあります。
 そして何よりも、主人公にぴったりと寄り添う謎の語り手によって語られる二人称の小説であるという共通点があります。読み手は主人公の行動に関してはこの謎の語り手を通じてほぼすべて把握できるのですが、主人公の内面に関してはよくわかりません。この二人称の語の使い方が非常に上手いのです。


 まず、「中島さゆり」ですが、主人公は福井から東京に出てくる女子大生。特に尖ったところもない普通の女子に見えますが、唐突に「私は光の道を歩まねばならない」などと言い出す、ちょっと変わったところもあります。彼女は杉田くんという気になる幼なじみもいるのですが、特に拘るわけではなく淡々と東京で女子大生としての生活を送ります。
 前半は会話の部分が抜群にうまくて面白く、ホラーっぽさは微塵もありません。福井の友人の伊都ちゃんから杉田の様子が変だということを聞かされますが、それも最初はそんなに大事に思えません。
 ところが、最後は見事なサイコホラーになり、読者は中島さゆりの「強さ」に驚くのです。


 次の「堀江果歩」は、負けず嫌いで何事にも没入する主人公。中学生になったら家にある『世界文学全集』を読まねばと考え、実際にそれを実行しようとするような人物です。その負けず嫌いはテニスでも発揮され、テニスにのめり込むわけですが、同時に姉に勧められたマンガにものめり込みます。
 そんな中、姉との会話の中であるはずのない「グルニエ」(屋根裏部屋)という言葉が出てきたこと、コンビニで痴漢を撃退したことから物語が動き始めます、そして、びっくりするほど長い年月と波乱の半生を経て、結末へと辿り着くのです。


 「中村悟堂」は、ふらふらした遊び人に見える20代後半の男が主人公。福井出身で現在は東京に住み、中学高校の同級生の湯川虹色(にじいろ)と付き合っているのだかいないのだかよく割らない関係を結んでいますが、同じく中学高校の同級生で福井に残っている斉藤範子のことも気にしています。
 この話は前半から比較的ホラーテイストが前面に出ているのですが、それでもだんだんとホラーや謎解きよりも、人間の「倫理」のようなものがせり出してくるのが舞城王太郎ならでは。


 読み終えてスッキリするような作品ではないかもしれませんが、この速度に、この強度に、「倫理」への執着、舞城王太郎にしか書けない世界ですし、非常に面白いです。


淵の王 (新潮文庫)
舞城 王太郎
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