教員という職業柄、人の顔はたくさん見ている方だと思うのですが、たまに兄弟でもないのに「似ている!」と感じる顔があったり、双子で顔のパーツは本当に似ているのに並んでみると少し顔の印象が違ったり、顔というのは本当に不思議なものだと思います。
まずは、下の写真の2つの顔を見て下さい(本書3pの図1)。この2人が選挙にでていたらどちらが勝ちそうでしょうか?
おそらく、多くの人は左側の人物を選ぶでしょう。なんとなく有能そうに見えます。
実はこれ、左側は対立候補よりも有能そうだと人びとが感じた顔をモーフィング(合成)したもので、右側は彼らの対立候補の顔をモーフィングしたものです。
そして、人びとは顔写真を見ただけで勝つ候補を7割程度の確率で予測できるというのです。この実験は各国で行われており、同じような結果が出ています(顔から有能さが推測できるのか? それとも顔で選んでいるのか?)。
この他にも、この本ではさまざまな顔が紹介されており、特にコンピュータでつくり上げた「外向的な顔/内向的な顔」(54p図2−8)、「信用できる顔/できない顔」(57p図2−9)、「支配的な顔/従属的な顔」(150p図6−13)、「無能な顔/有能な顔」(155p図6−17)などは、まさにそのように見えます(「支配的な顔/従属的な顔」は明らかにやり過ぎですが)。
確かに、人は他人の内面を顔によって推測しており、その判断は多くの人の間で一致するのです。
ということは、顔からその人の隠れた部分がわかるかもしれません。そこで、18世紀になると顔からその人の性格や資質を読み取ろうとする観相学がさかんになります。
18世紀にはラヴァーターが人気を博し、その本の編集にはゲーテも手を貸しました。さらに19世紀にはのちに優生学で悪い面で名を残すことなるゴールトンが観相学に取り組みました。ゴールトンは合成写真のアイディアによって、例えば犯罪者の顔写真を数多く合成することによって犯罪者に特徴的な顔を取り出そうとしたのです。さらにゴールトンは精神病患者や結核患者、全米科学アカデミーの会員の顔写真などを集め、それらの人びとの特徴を取り出そうとしました。
しかし、合成された犯罪者の写真はゴールトンの期待に反するものでした。個々の顔は極悪犯に見えるけれども、合成するとその特徴は消えてしまったのです(30ー31p)。
では、この本は最新の知見によって蘇った現代の観相学なのかというと、それは違います。
このプリンストン大学の心理学部教授によって書かれた本は、顔というよりも第一印象に注目し、そのからくり、信頼のなさ、影響の強さなどを分析しています。以前、L・A・ゼブロウィッツ『顔を読む』という本を読んで、なかなか面白かったのですが、この本ではさらに一歩進んだ研究を見せてくれています。
人間の顔から受ける印象はほんの一瞬で形成されます。その時間は0.1秒に過ぎないそうです。その短時間で人はその顔からさまざまな情報を読み取るのです。そして、この判断は1歳にならないうちの可能になるといいます(57ー59p)。
この第一印象からくる判断についての説明で、著者はカーネマンの『ファスト&スロー』の議論を援用しています。人間には比較的自動的で努力を要しない素早い処理(システム1)と比較的意図的で統制的で遅い処理(システム2)があり、第一印象の形成はシステム1に基づくものなのです。
この第一印象に対する処理はいわば本能のようなものであり、とりあえずは多くの人の判断を拘束します。人はわずか0.1秒顔を見ただけで、どちらの候補が選挙に勝ちそうかを判断するのです。
顔にはステレオタイプ的なポイントがあり、それに従ってさまざまな判断が下されていると考えられます。
例えば、実際に犯罪者が特定の顔立ちをしているわけではありませんが、多くの人にとって犯罪者に見えやすい顔というのはあり、この本の87pの図3−8と88pの図3−9でそうしたポイントに従ってつくり出された顔を紹介しています。
この「犯罪者に見えやすい顔」というのは悪用されることもあって、警察が行う面通しにおいて、警察官は容疑者よりも犯罪者に見えない顔の写真を用意して行う傾向があるというのです(88ー89p)。
では、人間は顔のどこを見て判断を行っているのか? まずは「目」という答えが出てきそうですが、意外に大きいのが眉と口元です。
例えば、98pの図4−2と図4−3は、それぞれ眉のないニクソンと目のないニクソンですが、眉がない方がニクソンだと当てるのが難しい感じです。
また、同じ目の画像でも口元が上がっていれば目が微笑んでいるように見えますし、口元が真っ直ぐであれば微笑んでいるようには見えません(105p図4−7参照)。
さらに顔の微妙なコントラストがその人の印象を大きく変えることもあります。まったく同じ顔でもコントラストを変えるだけで男性っぽく見えたり女性っぽく見えたりするのです(111p図4−13、図4−14参照)。目と口の、残りの顔の部分に対するコントラストがポイントで、「この錯視は化粧に人気がある理由」(111p)になります(今まで、「すっぴんでもいいじゃないか」と思っていましたが、間違いでした…)。
著者たちの研究では、より信頼できる顔と信頼できない顔、支配的な顔と従属的な顔などをCGで作成することが可能になっています。極端すぎるものもありますが、それなりにしっくりくるものです。
また、これらの顔はある種の表情と関連しており、顔の感情表現と顔から読み取る性格が表裏一体のものであることもわかります。
このように人間の顔から受ける第一印象はある程度共通しているのですが、普遍的というわけではありません。人間は馴染みの顔を信用する傾向があり、日本人とイスラエル人の若い女性を合成した顔を作ると(166p図7−4)、日本人は日本人っぽい顔を「信頼できる」と判断しますし、イスラエル人はその逆になります。
基本的に人間は馴染みの顔にポジティブな印象を抱きやすいのです。
しかし、第一印象は不正確なものでもあります。
例えば、下の写真(本書192p図8−9)をみて上段と下段で左右どちらの女性が魅力的か考えてみてください。
多くの人は上段は左側の女性、下段は右側の女性を選んだのではないでしょうか?(と本書には書いてある。自分の場合は上段は左側だけど下段はどちらとも言えない、くらい)
ところが、この写真、左側の上段下段、右側の上段下段は同一人物です。ライティングや髪型、表情などでその印象は大きく変わります。
また、先入観というのも大きく、「連続殺人事件の犯人だ」と言われてから写真を見せられれば、その人の顔はいかにも犯罪者っぽく見えてきますし、また、新聞などに掲載される犯罪者の写真にはいかにも犯罪者っぽい写真が選ばれるということもあります。
こうなると、いっそのこと顔を見ないほうがいいという状況も存在します。日本の企業では多くの場合、顔写真付きの履歴書を提出させ、実際の面接で合否を決めていますが、この顔からの判断というのはまったくあてにならないといいます。
人物証明書は、職業上の成功を推測する手段としては、面接より優れている。なぜなら人物証明書がまとめているのは、見かけの印象以上のものだからだ。面接は職業上の成功を推測するには非常に劣った手段であることが判明している。面接で受けた印象と職務遂行能力との相関関係は0.15を下回る。(226p)
映画『マネーボール』の主人公のビリー・ビーンは顔や体格から受ける印象といったものをできるだけ無視し、データから隠れた才能を発掘しようとしました(ちなみにビーン自体は素晴らしい肉体と顔つきをもちながらプロ野球選手としては大成しなかった)。第一印象を無視したほうがうまくいくケースもあるのです。
この他にも、この本には高齢者の顔にそれまでよく抱いていいた感情が刻印される可能性、喫煙者の顔に現れるスモーカーズ・フェースなど興味深い顔をとり上げ、さらに顔に注目する人間の本能を探っています。
このあたりはぜひ本書を読んでほしいとして、あと個人的にツボだったのが313pの図14−6のテニス選手の顔だけを並べた写真です。キャプションに「ポイントを得た直後、または失った直後のテニス選手の顔。ポイントを得たのは誰か、失ったのは誰かわかるだろうか? とありますが、これが全然わからない。みんさんもぜひ本書を手に取って考えてみてください。
このように顔と第一印象に関する興味深い知見が詰まった本です。毎日のようにたくさんの顔を見て暮らしていますが、顔にはまだ広大なフロンティアが残っているのだということを教えてくれます。
ちなみに途中で紹介したL・A・ゼブロウィッツ『顔を読む』もなかなか面白い本です。