中井遼『欧州の排外主義とナショナリズム』

 イギリスのBrexit、フランスの国民戦線やドイツのAfDなどの右翼政党の台頭など、近年ヨーロッパで右翼政勢力の活動が目立っています。そして、その背景にあるのが移民や難民に対する反発、すなわち排外主義であり、その排外主義を支持しているのがグローバリズムの広がりとともに没落しつつある労働者階級だというのが新聞やテレビなどが報じる「ストーリー」です。

 

 本書はこの「ストーリー」を否定します。

 もちろん、経済的に困窮し排外主義と右翼政党を支持する人びとがいることを否定するものではありませんが、データを見てみれば、排外主義への支持と経済的な困窮は直結するものではありませんし、排外主義と右翼政党支持の関係というのも複雑なのです。

 

 本書は、このことをイギリス、フランス、ドイツといった西欧の主要国だけではなく、中欧や東欧なども含めたヨーロッパ全域のデータを見ていくことで明らかにしていきます。

 右翼政党や排外主義に関しては世論調査では表に出てこない部分もあるのですが(特に高学歴者は排外主義の考えをもっていてもそれを表明するのは不適切だと知っていて隠す)、これをリスト実験という手法で突破しようとするなど、方法にも工夫を凝らすことでヨーロッパの右翼支持と排外主義の実態に迫ろうとしています。

 

 そして、最終的に浮かび上がってくるのは、経済的な問題から排外主義を支持する人々の姿ではなく、文化的(あるいは言い方は悪いが「本能的」な理由)から排外主義を支持する人びとの姿です。 

 

 目次は以下の通り。

序章

第1章 ヨーロッパの排外的ナショナリズムをデータで見る

第2章 誰が排外的な政党を支持するのか

第3章 誰が文化的観点から移民を忌避するのか

第4章 欧州各国の違いを分析する―3パターンの排外的ナショナリズム

第5章 右翼支持者が好む反移民という建物 ―フランス国民戦線支持者のサーベイ実験

第6章 ナショナリストが煽る市民の排外感情 ―ラトビア選挙戦の効果検証

第7章 主流政党による排外主義の取り込み ―ポーランドの右傾化と反EU言説 

第8章 非経済的信念と排外主義

 

 まずは、近年の欧州のトレンドですが、右翼政党(本書では排外主義や自民族中心主義を掲げる保守政党を指す)の支持はリーマンショックあたりを境にして上昇傾向にあります(31p図1.1参照)。

 一方、移民による経済悪化の懸念や文化侵食懸念はほぼ横ばいです(32p図1.2参照)。

 つまり、排外主義は強まっていないが、排外主義を掲げる右翼政党への支持は伸びているという状況です。

 

 ヨーロッパの政治の経済的な右左だけではなく、文化的な面が大きな対立軸として浮上しています。

 一口に右翼政党といっても、イギリスのUKIPやドイツのAfDが経済的に右派志向(市場指向)であるのに対して、ポーランドの法と正義はどちらかといえば左派、再分配志向が強い政党になります。

 ヨーロッパの政治では経済的な争点よりも非経済的な争点が重視されるようになってきている傾向が見られます。

 

 本書では、第2章で欧州社会調査のデータを用いた分析がなされています。

 分析の結果を見ると(66−68p図2.2−2.4参照)、人生の満足度や家計の所得の右翼政党支持に関係はありません。一方、伝統や習慣への追随志向が強い人ほど、右翼政党を支持する確率が高くなります。ただし、命令や権威への服従志向と右翼政党支持にはそれほどはっきりとした関連性はありません。権威主義的性向が右翼政党支持につながわるいうわけでもなさそうです。

 移民が自国経済に悪影響を与えると思っているかどうかも右翼政党支持に影響を与えますが、それ以上に移民が自国の文化を破壊すると思っていると右翼政党支持の確率が高くなります。

 自国の政治への満足度と右翼政党支持に明確な関係性は見られませんが、欧州統合が行き過ぎだと考えるかどうかは右翼政党支持に直結しています。政治不信というよりもEU不信が右翼政党支持と関係しているのです。

 

 回帰分析の結果を詳しく見てみると(72p表2.1参照)、学歴とは比較的明確な関係があり、学歴が高くなるほど右翼政党支持の確率は低くなります。年齢や収入、失業してるかどうかと右翼政党支持の間には明確な関係性はありません。一方で、自国の経済状態が悪いと感じている人は右翼政党支持を支持する確率が高くなります。

 

 第3章では反移民感情がとり上げられていますが、ここでも家計の苦しい人が反移民感情を持つという関係性は薄いです(94p図3.2参照)。一方で、欧州統合への反感や自国民主政治への不満と反移民感情の間に相関が見られます(95p図3.3参照)。

 回帰分析の結果では、ここでも同じように学歴が高いと反移民感情を持つ確率が低くなり、また都市部に居住していてもその確率は低くなります(これは地方農村部では移民と接触する機会が少ない、開放的価値観の人は都会に出ていきやすい、といったことが考えられます)。

 

 ただし、ヨーロッパにおいて移民は単一のイメージで語られているわけではありません。

 EU圏内からの移民(例えば東欧から西欧へ)と中東やアフリカからの移民では、その受け止め方も違ってくるはずです。

 欧州社会調査には、「自分たちと同じ人種/エスニシティ」「自分たちと違う人種/エスニシティ」の移民について受け入れるかどうかを尋ねた設問があり、その答えは国ごとに違っています。

 例えば、ドイツやアイスランドは全移民を受け入れると回答した人が多いのですが、異なる人種は受け入れたくないと答えた人が移民忌避層の過半数を占めます。一方、スペインでは移民を受け入れる割合は欧州平均に近いですが、すべての移民を忌避する層が多く、スペインの移民忌避は人種的なものであるというよりは経済的なものだと想定できます。また、ハンガリーキプロスは移民を忌避する割合が非常に高いです(108p図3.4参照)。

 

 このように同じ移民忌避であっても欧州各国でそれぞれ違いがあるのですが、第4章では、この国ごとの違いを意識しながら排外ナショナリズムを3つのパターンに分析しています。

 

 まずは各国の右翼政党支持の要因を分析しています(118p表4.1参照)。

 これをみるとクロアチアキプロスノルウェーでは低学歴・低所得が右翼政党支持と結びついていますが、チェコ、スペイン、イギリス、リトアニアなどでは高学歴・高所得の人が右翼政党を支持する傾向があります。

 経済的な要因からの移民への反対が右翼政党支持に結びついているのは、オランダとスウェーデンくらいで、「移民によって生活が苦しくなった人が右翼政党を支持する」というわかりやすいストーリーが裏付けられているのはこの2カ国くらいなものです。

 基本的に、文化的な理由からの移民への反対と反欧州統合が右翼政党支持の2つの大きな理由となりますが、東欧諸国を中心にこの2つが上位の理由として入ってきていない国も多いです。

 

 西欧諸国と東欧諸国の違いとして、移民を受け入れる側か、送り出す側か、という違いもありますし、政党システムの違いも大きいです。

 西欧諸国では長年に渡って政党政治が展開されており、(近年それが崩れてきたとはいえ)安定した支持基盤を持っています。一方、東欧諸国は共産党(またはそれに類する政党)の一党独裁から急に多党制に移行したわけで、安定した支持基盤などが構築されていない分、リーダーのカリスマ性や利益誘導によるパトロンクライアント関係が重要です。また、共産主義体制ではそれが抑圧されていた分、ナショナリズムや民族をめぐる争点が重要になっています。

 さらに、西欧では経済的な再分配を求める左派が既存の体制にチャレンジする構図ですが、東欧では経済的自由主義を求める勢力が体制にチャレンジする形になっており、経済的な左派が文化的な保守と結びつくことも珍しくありません。

 

 さらに本章では、各国ごとに右翼政党支持と反移民感情、右翼政党支持と反EU統合、反移民感情と反EU統合の3つの相関関係を調べています(129p図5.1参照)。

 この3つの相関がいずれも強いのはオーストリア、スイス、ドイツ、エストニア、スペイン、フィンランド、フランス、イタリア、オランダ、ノルウェースウェーデンの11カ国で分析対象のおよそ半数です。

 一方、反移民感情と反EU統合のみに相関があるのが、ブルガリアキプロスチェコクロアチアアイスランドラトビアスロバキアといった国々でEU新規加盟の東欧諸国が多いです。

 イギリスやポーランドは、反移民感情と反EU統合に加えて、右翼政党支持と反EU統合に強い相関が見られます。ハンガリーも似たタイプです。

 

 1つ目のタイプの国、例えばフランスには国民戦線、ドイツにはAfDがあり、既存の体制へのチャレンジャーとして反EU統合や反移民を掲げています。

 2つ目のタイプは、右翼政党支持の理由として、反EU統合、反移民以外の理由があるケースです。ラトビアブルガリアなどではそれぞれ固有のナショナリズムの問題を抱えており、それが右翼政党支持の原動力となっています。

 3つ目のタイプは、そこまでラジカルではない右翼政党とより過激な右翼政党の組み合わせになっているケースが多く(イギリスの保守党とUKIP、ポーランドの法と正義と家族同盟、ハンガリーのフィデスとヨッビク)、二大政党制に近い政党構造をとっている国です。これらの国では既存の保守政党が過激な右翼政党の台頭を受けて、排外主義的な言説を取り込む動きが見られます。

 

 第5章以下では、この3つのタイプからそれぞれ一国をとり上げて(フランス、ラトビアポーランド)、さらに個別的な分析を行っています。

 

 まず、右翼支持、反移民感情、反EU統合が三位一体となっている形になっているフランスですが、この手の調査で難しいのは、調査であっても人は世間的には望ましくない意見を隠すことあるというです。

 そこで本書ではリスト実験という手法で隠された本音を暴こうとしています。

 具体的には、いくつかの集団が載ったリストを見せて嫌いな集団の数を答えてもらいます。答えるのはあくまでも数なのでどんな集団を嫌っているのかはわからないのですが、実は回答者はランダムに2つのリストを見せられていて、片方には「移民」というカテゴリーが追加されています。もし、移民に対する忌避がなければ選択される集団の数に変化はないはずですが、移民への忌避があれば「移民」が追加されたグループでは、選択される数がプラス1になるはずです。

 

 著者らはこうしたリスト実験を2018年夏にオンラインで行っています。

 その結果、有権者全体だと実験回答者の約34%が移民を望ましくない集団だと考えていることがわかります。

 そして、次が重要な結果なのですが、国民戦線の支持者に限ると選択された集団の数に統計的な優位な差は見られないのですが、伝統的保守陣営の共和国前進共和党の支持者では優位な差が見られます。つまり、国民戦線の支持者の反移民感情はそれほど強くなく、むしろ中道保守政党の支持者の反移民感情が強いのです(155p図5.2参照)。

 

 しかし、一般的には国民戦線の支持者の間での反移民感情が目立っています。

 これは対面の調査では国民戦線の支持者は「移民は嫌いだ」と答えるのに対して、保守政党の支持者は答えないからだろ考えられます。

 対面調査では低学歴の人ほど反移民的な傾向が強いのですが、本書の調査からはむしろ高学歴の人のほうが反移民的傾向が強いですし、失業者よりもフルタイム勤務で反移民的傾向が強くなっています(15−159p図5.3、5.4参照)。

 これは高学歴者が本音を隠している一方で、経済的に苦しい労働者や失業者は本音を言いやすい環境にある、あるいは、怒りを表現する理由があるからだと考えられます。

 本音を隠している者も「匿名性が保持された投票ブースでは本音を吐き出せるということは考慮しておく必要がある」(164p)のです。

 

 第6章ではラトビアがとり上げられていますが、ここで取り出されているのは、反移民感情→右翼政党支持というロジックではなく、右翼政党の活動が反移民感情を高めるというロジックです。

 選挙になると、政党はさまざまなチャンネルを通じて有権者の政治意識に働きかけようとします。Aという社会問題があったとして、それまでは無関心だったが、選挙の争点の1つとなったために関心を持つということは十分に考えられます。

 

 本章では、移民問題を含むナショナリズム争点が存在し、反移民的な右翼政党が存在するラトビアをとり上げて、このロジックが検証されています。

 ラトビアソ連から独立したバルト三国の1つですが、ソ連によって独立を奪われ、ロシア人をはじめとする移民がやってきたことから、独立後はラトビアナショナリズムが高まりました。

 右派の「ラトビア民族独立運動(LNNK)」やその分派の「祖国と自由のために(TB)」といった右派政党はロシアとロシア語系住民に対してきわめて排外主義的な態度を取りましたが、親EUでもあり、ロシア語系住民に対する差別的措置の是正をEUから求められたときにはこれに従っています。

 ラトビアではその後、ネオナチ的な傾向を持つ議会外の極右組織「すべてはラトビアのために!」とTBが連合して「国民連合(NA)」という政党が生まれています。

 

 この国民連合が勢力拡大のために利用したのが2015年の欧州難民危機でした。

 ラトビアは移民が押し寄せるような国ではなく、どちらかというとロシア語系住民が移民として国外に流出することが問題でした。

 しかし、難民危機でEUが各国に難民の受け入れを求めると、国民連合はこれを「白人に対するジェノサイド」(181p)だと批判し争点化したのです。

 

 ラトビアで総選挙が行われたのは2018年で、すでに難民問題は下火になっていましたが、それでも移民問題は争点の1つとなっていました。そこで著者は現地調査会社に依頼し、選挙の前と後で移民に対する感情がどのように変化したかを調査しています。

 調査の結果によると、選挙前と後で、全体を見れば優位な差は存在しないのですが、無党派層、そして政治に関心が高い層に関しては、移民受け入れを拒否する排外的な態度が強まったのです(189p図6.5参照)。

 これは政治的関心が高いゆえに、右翼政党の主張にきちんと目を通し、そして影響されてしまったと考えられるのです。

 

 第7章ではポーランドがとり上げられています。ポーランドはここ十年余りで顕著な政治の右傾化が進んだ国です。ポーランドでは大政党であった「法と正義(PiS)」の変質とともに移民への忌避も強まったのです。

 ポーランドは「外国人を受け入れることがこの国をよくする」という態度を持つ人の割合が欧州の中でスウェーデンに次いで高い国でした(197p)。これにはポーランドが移民の送り出し国であったという理由もあります。

 ところが、2015年頃から移民や難民の受け入れに反対する態度が急速に強まって高止まりしています(198p図7.1参照)。

 

 この背景には、法と正義がEUに対する懐疑感情を支持調達の手段としてきた中で、移民・難民問題を中心的なテーマとして取り上げるようになったという動きがあります。

 ポーランドでは政党支持に東部と西部で違いがあり、法と正義は農村部の多い東部を支持基盤としてきました。EU加盟を問うレファレンダムにおいても西部や都市部で圧倒的に賛成が多かったのに対して、東部では慎重な意見が目立ちました(206p図7.4参照)。

 もともと、法と正義は旧民主化勢力の連帯系のメンバーのレフ・カチンスキヤロスワフ・カチンスキという双子を中心に結成された政党です。当時は中道右派の穏健な政党でしたが、自党よりも右の政党をターゲットに右寄りの選挙戦略を展開し、2005年の総選挙で33%の議席を獲得して第一党になりました。

 

 その後、法と正義は中道左派市民プラットフォームと競争を繰り広げていくわけですが、法と正義はEUポーランド文化という構図を用いて支持を得ようとします。

 さらに2010年に当時大統領だったレフ・カチンスキが飛行機事故にあって死亡するというスモレンスク事件が起こります。この後の大統領選で市民プラットフォームコモロウスキが大統領になったことなどから、法と正義の支持者の間にはこの事件を市民プラットフォームによる陰謀事件とする見方も広がり(犠牲者には市民プラットフォームの関係者もいる)、法と正義の右傾化を加速させたとも言われます。

 

 さらに市民プラットフォームのトゥスクが欧州理事会議長EU大統領)になったことから、法と正義は「市民プラットフォームEU」という図式をつくって戦うようになります。

 2015年にEU理事会の内相法相理事会で難民を分担して受け入れることが決まり、市民プラットフォームからなるポーランド政府は反対をしたものの、最終的には人数を減らして受け入れます。

 これを法と正義は攻撃します。EU(トゥスク)と市民プラットフォームが共謀してポーランド文化を破壊しようとしていると主張したのです。それとともにポーランドの反移民感情も高まっていきます。

 実は欧州理事会EU理事会は別物で、トゥスクは難民を分担して受け入れることに慎重だったのですが、法と正義のつくった図式のわかりやすさが勝ちました。

 2015年10月の総選挙で法と正義は議席率51.1%で勝利します。ポーランドでは根強い反EUの感情と反移民感情が法と正義によって結び付けられることで、排外主義が広がることとなったのです。

 

 第8章では、これまでの議論をまとめながら、排外主義の要因についてやや踏み込んだ議論をしています。

 排外主義が、人類の進化の中で獲得してきた身内の集団を優先する本能のようなものから生まれているかどうかはわかりませんが、最後に著者が次のように述べている部分はその通りなのでしょう。

 

 ヨーロッパの人々の排外的ナショナリズム(右翼政党支持や反移民感情)は、経済的弱者の怒りの爆発などではなく、文化的紐帯をめぐる態度であり、富や学のある者たちもその担い手となっている。排外主義は、民主主義という意見形成と競争の体系において、社会の周辺的な存在が一時的に罹患する流行病のようなものではなく、むしろその担い手の中に普遍的に存在する生まれつきの傷のようなものだ。その傷の原因が本当に何なのかきちんと認識しておくことは、その傷とともに生きていくために重要である。(256−257p)

 

 本書は、「経済危機が排外主義をもたらしそれが極右の台頭を招いている」というわかりやすい「ストーリー」にチャレンジした本ですが、同時に西欧の主要国をもって「ヨーロッパ」を分析するというよくあるやり手法にもチャレンジし、さらにリスト実験という新しい手法を使ったチャレンジも行われています。

 文書も日本の一般読者を想定した書き方になっており、多くの人にとって刺激を得られる本になっていると思います。