『君たちはどう生きるか』

 ようやく見てきましたけど、とにかくリッチなアニメですね。

 新海誠の映画の背景は凝ってますし、細田守の例えば『龍とそばかすの姫』の仮想世界の画もすごかったですし、『鬼滅の刃』の戦闘シーンの作画がすごい! という話もわかりますが、この作品の、あの背景であの動きが2時間つづくというのは、さらに一段突き抜けたレベルですね。

 これだけの画作りを可能にしたスタッフ、資金力、時間的余裕がまず凄い。今後、このレベルのスタッフがこれだけ時間を書けて作業することは早々ないと思うので、手描きアニメの「極み」みたいな作品なんだと思います。

 

 冒頭の主人公の眞人が階段を駆け上がるシーンの動きから、火事に現場に向かうときの演出、疎開先の屋敷の描写、すべてにおいて日本アニメの最高水準といった感じで、しかもこのレベルが落ちません。

 

 ストーリーは確かにわかりにくいような気もしますが、基本的にはわかりやすい骨格が2つあります。

 

 以下はネタバレ全開ですが、この映画はネタバレしてもそんなに困らない映画ではないかと思います。

 

 

 1つ目は、母親を亡くした少年が新しい家族を受け入れる話で、これは冒頭のシーンが母を亡くすシーンで、最後のシーンが新しく生まれた弟を含めた家族の再出発であることからも、これが1つのストーリーラインであることがわかります。

 

 2つ目は、現実世界に不満を持つ少年がもう1つの世界に行って、そこで完璧な世界をつくってみないかと誘いを受けるが、それを断って現実に帰還する話です。これもアニメやマンガにはよくある話で、王道ものと言っていいでしょう。

 

 ただし、こうした基本的なストーリー構造を支えるはずの登場人物や小道具などの意味付けがよくわからないというか、そもそもストーリーに奉仕する気があるのか? と言う気がします。

 

 冒頭はかなりリアルな感じでスタートするのですが、疎開先の屋敷にいるのは『ポニョ』にも出てきたようなおばあちゃん軍団ですし(しかも頭身がおかしい)、物語の鍵となるアオサギが何をしたいのか?といったこともよくわかりません。

 

 しかも、この映画では過去の宮崎駿作品が意図的になぞられている面もあり、最初は不気味だったアオサギも気がついてみれば「これは『もののけ姫』のジコ坊じゃないか?」となります。

 作中の重要人物であるヒミの喋り方はまるでサンですし(このヒミの声を主題歌を歌っているわけではないのになぜかあいみょん)、その他にもさまざまな作品がなぞられています。

 

 そこでネットなどでも見かけて、一定の説得力があると思えるのが、等の中の世界=スタジオ・ジブリという解釈です。 

 こうなると、この話は宮崎駿アオサギ鈴木敏夫?)に導かれて、さまざまなファンタジーを描き出し、最後は大叔父(高畑勲?あるいは宮崎駿本人?)から、ジブリの継承を求められるが断るという解釈になります。

 

 ただ、個人的にはもう少し大きな話ではあるのかなと思います。

 エンドロールを見ると今までのジブリ映画を支えてきた原画スタッフがずらりと並んでいますが、だんだんとCGが増えていく中で、ここまでの職人を揃えた仕事というのは段々と不可能になってくると思います。

 この作品は手描きアニメの極地とも言うべきものですが、さまざまな世界を内包していた塔は最後に崩れ去ります。手描きアニメの到達点として本作品をつくったから、あとはCGで新しい塔をつくればいいと言っているようにも思えました。

 

 また、最初の火事の場面や、ワラワラを食べようとするペリカンがヒミの放った花火によって燃え堕ちるシーンなど、戦争を暗示させながらも、戦争そのものは描かれません(父の話からサイパン陥落の頃の話だというのはわかるが)。

 『風立ちぬ』もそうでしたが、戦争そのものの描写は回避されていると言えるでしょう。

 このあたりについても、宮崎駿の「自分は本当の戦争を経験しなかった」という思いがあるのかもしれません。

 ですから、戦時中という舞台設定で、かなりリアルな描写から始まるものの、やはり中身はファンタジーになるわけです。

 

 このように、綺麗にまとまっているとは言い難い話で、位置づけがよくわからないものも多いですが、それでもまったく飽きずに見れるのはアニメとしてのレベルの高さであり、宮崎駿のキャラの造形のうまさです。

 コダマを思い起こさせる可愛らしいワラワラもそうですが、絶妙に擬人化されたセキセイインコの造形は絶品ですね(このキャラの造形というがジブリの後継を目指したスタジオ・ポノックの『メアリと魔女の花』にはなかった…)。

 

 映画の歴史の中でも、例えば『風と共に去りぬ』のアトランタの町の炎上シーンとか『ベン・ハー』の戦車競走のシーンとか、「もう2度と撮れないだろ」みたいなものがありますが、この『君たちはどう生きるか』も「もう2度と描けないだろ」と語り継がれていくかもしれません。