氏家幹人『かたき討ち』から考える犯罪と被害者

 中公新書氏家幹人『かたき討ち』を読んだんだけど、これがけっこう面白かった。
 江戸時代の「かたき討ち」をめぐるさまざまな制度を紹介した本なんだけど、何よりも読んでて思ったのは今なお「かたき討ち」が非常にアクチュアリーな問題だということ。
 この本では「さし腹」という制度が紹介されていて、これは面目を潰された武士が相手を指名して切腹すると指名された相手も切腹しなければならないというもので、資料の中にはほとんど理不尽な指名を受けて切腹せざるを得なくなったものの姿もあります。この理不尽な「さし腹」という制度ですが、少し考えて思い至るのが、いじめた相手を遺書で指名して自殺する最近のいじめ自殺です。こうしたいじめ自殺が日本以外の国であるのかは知りませんが、この「さし腹」の存在を知ると、何やら伝統的なものにも思えてきます。
 また、「かたき討ち」は江戸時代を通じてだんだんと演劇的になり、大勢の見物人が「かたき討ち」の決闘を見守り、そして武士だけではなく庶民までもが「かたき討ち」をするようになるわけですが、このあたりは最近の犯罪被害者を巡る議論を思い起こさせます。
 
 つい先日
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070227-00000011-mai-soci

<被害者参加>来年秋から 裁判員より半年先行 法務省方針

2月27日3時3分配信 毎日新聞

 犯罪被害者が公判に出席して被告へ直接質問などができる「被害者参加制度」と、被害者が刑事裁判に併せて被告に損害賠償請求できる「付帯私訴制度」が、08年秋に始まる見通しになった。その半年後の09年春には、国民が重大事件の審理に加わる裁判員制度もスタートし、日本の刑事裁判は転換期を迎える。
 両制度を盛り込んだ刑事訴訟法改正案が今国会で成立すると、最高裁は、被害者参加制度付帯私訴制度を具体的にどのような手続きで進めるか、規則を定める作業に入る。また、実務を担当する裁判官や検察官に周知するのにも時間がかかり、すぐに両制度を実施するのは難しい。その一方で、導入時期が裁判員制度と重なれば、裁判所の負担が増し、混乱も予想されるため、法務省は、裁判員制度より半年程度先行して被害者参加制度付帯私訴制度を実施する方針を固めた。
 このため、法務省は今国会に提出する法案で両制度の施行時期を「公布後1年6カ月以内」とすることにした。
 被害者参加制度では、被害者や遺族らが「被害者参加人」として法廷のさくの内側に入ることが認められ、被告や情状証人に直接質問したり、検察側の論告と同じように事実関係について意見を述べることができるようになる。付帯私訴制度は、刑事裁判の有罪判決が出た後に、同じ裁判官が引き続いて民事の損害賠償請求を審理するため、被害者側の立証負担が軽くなる利点がある。【森本英彦】

というニュースがありましたが、この「被害者参加」というのは、間違いなく「かたき討ち」の流れを汲んだものでしょう。
 個人的にこのような「被害者参加」は、裁判を被害者による復讐から切り離した近代社会の仕組みに反するものであり反対なのですが、江戸時代の「かたき討ち」に費やされたエネルギーを考えると、この「かたき討ち」への望みというものは簡単に否定できるものではありません。
 ただ、江戸時代の「かたき討ち」が見物の対象になり、スペクタクル化されていったことを考えると、「被害者参加」がスペクタクルになってしまい、遺族たちがマスコミのスペクタクルへの期待に振り回されるというケースは十分に考えられます。
 裁判への「被害者参加」については、やはり今一度再考が必要なのではないでしょうか。

かたき討ち―復讐の作法
氏家 幹人
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