アラスター・グレイ『ラナーク』読了

 アラスター・グレイ『ラナーク』を読了。
 いやあ、さすがに2段組700ページ超の物語を読むのは時間がかかったけど、これは素晴らしい小説!帯に「『重力の虹』『百年の孤独』にならぶ20世紀最重要文学」ってあるけど、それが煽りとは言えないです。20世紀後半に限れば5本の指には入る小説ではないでしょうか。
 著者のアラスター・グレイスコットランド出身の作家でこれがデビュー作。画家としても活躍していてこの本のカバーや挿絵も自ら描いている著者は20年以上かけてこのデビュー作を書ききったそうです。


 この小説の面白い点は、19世紀から20世紀初頭にかけての小説黄金時代の愛や芸術についての青春小説と、カフカ以降の不条理的な世界、そしてポストモダンメタフィクションを一つの作品の中にすべて詰め込んでいる点。

 
 4巻仕立てのこの小説は、いきなり3巻から始まりますが、そこは太陽が光がほとんど射さないアンサンクと言う街にやってきたラナークという男の物語。カフカ的な印象を持つこの街にやって来たラナークはリマという女性を愛するようになるが、他人に対して素直になれない彼には徐々に竜の鱗のようなものが広がっていく。そして彼は「口」に導かれ病院のような地下世界へと落ちて行きます。そこには竜になる人間や世界の秘密が隠されていて…。
 このカフカミヒャエル・エンデともいうような不思議な異世界の描写がとにかく見事。文句なしに引き込まれます。

 
 3巻の後に続くのは、このあとのラナークの前世とも言うべきソーの物語を語る不思議な「お告げ」の正体が語られるプロローグ。
 そして物語は、D・H・ロレンスの『息子と恋人』とかジョイスの『若い芸術家の肖像』を思わせるような芸術家を目指すソーという若者の半生である第1巻と2巻に続いていきます。
 古き良き?小説の形をとる第1部と2部は、世の中にうまくとけ込めず芸術の世界にのめり込み、愛を求めているのに自分の殻にこだわるが故にそれを得られないという、これまた古典的なテーマを描きます。
 第2次大戦後間もなくのグラスゴーを生き生きと描写されており、また家族(特に父)との関わりもよく描かれており古典的な小説としてもよく出来ていると言えるでしょう。


 最後に来るのが再びラナークが主人公となる第4巻。アンサンクに戻って来たラナークは政治へと巻き込まれ、小説のテーマは政治を含むものになってきます。
 そしてエピローグではこの本のメタフィクション的な前面に出て来て、作者による「盗作の索引」が掲げられるなど、一気にポストモダン的小説の容貌を見せます。


 このように小説のスタイルはどんどん変化するこの小説ですが、エピローグで語られる「ソーの物語は、愛することが下手であるがゆえに死んでしまう男の物語だ」「それを包みこむきみ(ラナーク)の物語は、同じ理由から文明そのものが崩壊する様を描く」という言葉がこの物語のテーマを端的に表していると言えるでしょう。
 ですから、凝った構成であっても意外と読みやすく、ふつうの大長編としても楽しめる小説です。
 ただし、細部の凝り方はかなりのもので、今まで複雑な小説を読みあさって来た本読みにも充分な手応えを感じさせるでしょう。


 とにかく量だけでなく、質的に見ても20世紀後半に君臨する小説であることは間違いなく、小説の歴史をすべて呑み込んだような小説と言えるでしょう。



晩ご飯はほうとう