アンナ・カヴァン『氷』読了

 サンリオSF文庫の1冊として刊行され、まぼろしの名作と言われていたこの作品。復刊されたので読んでみましたが、かなり不思議な感覚のする作品です。
 寒冷化が進み、次第に氷の閉ざされていく世界。そんな中で主人公の私は、一人のある少女の魅力にとりつかれ、彼女の後を追います。私の前かえら消えた少女はある国の独裁者の<長官>のもとにおり、私は独裁者が支配する国へと潜入する。
 ストーリーとしてはこんな感じなのですが、特徴的なのはまずその文章。
 文章には固有名詞がほぼ登場せず、私の名前も少女の名前も長官の名前も、そのまま「私」、「少女」、「長官」であって実際の名前はわかりません。
 とにかく全体として異常なまでに抽象的な世界の中でストーリーが進みます。
 そして、その抽象的な文章の中である種のラブストーリーが展開されるのですが、それは真実の愛とかそういうのとはちょっと違って、ほとんどサド・マゾ的な歪んだ関係。
 20歳を超えた既婚女性を「少女」と呼ぶこと自体が倒錯的ですし、この少女をめぐる私と長官を交えた三角関係も、私のファシスト的な長官への同一化(愛)も含んでいて倒錯的。
 それに氷に囲まれた世界の終末的なビジョンが重なって、ある意味、「セカイ系」的な感じもするし、「エロゲー」的な感じもするし、という印象です。
 SFというとちょっと違う気もしましたが、「寓話」+「官能」?と言った感じの不思議な感覚を与えてくれる小説です。



山田和子
4862381006