グレッグ・イーガン『白熱光』

 ハードSFとして知られるイーガンですが、今作はとりわけハード。
 こんなフレーズを前に出た短篇集『プランク・ダイブ』の時にも使った気がしますし、『ディアスポラ』も相当ハードだったわけですが、この『白熱光』はとりわけハード。しかも、ストーリーの仕掛けが科学的に高度というだけでなく、その描き方も相当わかりにくいものになっています。


 Amazonのページにあつ紹介文は以下のとおり。

 はるかな未来、150万年のあいだ意思疎通を拒んでいた孤高世界から、融合世界に住むラケシュのもとに、使者がやってきた。衝突事象によると思われる惑星の地殻の破片が発見され、未知のDNA基盤の生命が存在する可能性があるというのだ。その生命体を探しだそうと考えたラケシュは、友人パランザムとともに銀河系中心部をめざす!
 周囲を岩に囲まれ、“白熱光”からの熱く肥沃な風が吹きこむ世界“スプリンター”の農場で働くロイ―彼女は、トンネルで出会った老人ザックから奇妙な地図を見せられ、思いもよらない提案をもちかけられるが…現代SF界最高の作家による究極のハードSF。

 わかりやすいように途中で改行を入れましたが、前半のラケシュとパランザムの旅を描くのが奇数章、ロイとザックの暮らす“スプリンター”の運命を描くのが偶数章です。
 奇数章の世界は『ディアスポラ』と同じようにもはや人類が肉体を持たずに宇宙に広がっていたあとの話で、人類もAIも同じようにコミュニケーションを行っている世界です。そこに、あらゆるコミュニケーションを阻んできた「孤高世界」から知らせがもたらされるというもので、このあたりは今までイーガンを読んできた人ならばピンとくる設定だと思います。


 一方、問題なのは偶数章。ドラマ的にもこちらのパートがメインになるのですが、ここでイーガンがやろうとしていることが、常人にはなかなかついていけないことなのです。
 それはニュートン物理学からアインシュタイン相対性理論まで、人類とは違うルートで導き出すというもの。
 何を言っているのかわからない感じかもしれませんが、僕もこの小説を読み終わった後でも、はっきりわかったとはいえません。相対性理論などは昔NHK特集でやっていた『アインシュタイン・ロマン』でかじっただけなので、正直、この本での発見が相対性理論のどの部分と対応しているのかといったことはわからないのです。
 ただ、この本の解説や、この小説の舞台について詳細に解説してくれている板倉充洋氏のページによると、「穴の中で暮らし、天体観測が行えない環境にある生物がいかに重力の存在や相対性理論に気づくのか?」といったことが、このパートの大きなテーマのようです。


 この“スプリンター”の中の人々(ほんとは人類とはぜんぜん違う生命体ですけど)が、次々と新しい理論を発見していく様子は、その細かい発見の意義がわからなくても興奮させられるものがあります。また、最後になって徐々に浮かぶ上がってくる奇数章と偶数章のつながりもスケール感があって感動を呼びます。
 ただ、書かれて文章だけで物理現象や物理法則を想像するのはなかなか難しく、おそらくこの小説の凄さの半分くらいしか読み込めていない気がします。
 それなりに物理学や宇宙の本を読みあさってからチャレンジすべき小説なのかもしれません。


白熱光 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
グレッグ・イーガン Rey.Hori
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