『TENET テネット』

 クリストファー・ノーランの新作は時間の逆行というアイディアを取り入れたSFもの。映画の中にありえない世界を作り上げるという点では『インセプション』に似ていますが、やろうとしていることはさらにややこしいです。

 緻密なんだか大ボラなんだにわかには判別できない世界を作り上げ、それを『ボーン』シリーズ並みのアクションで、常に緊迫感を与え続けることでそれを押し通すのがノーランの力技ですね。

 以下、多少のネタバレありです(個人的にはあんまりにもややこしい映画なのでそんなにネタバレは気にならないのではないかと思う)。

 

 ジョン・デヴィッド・ワシントン演じる主人公は、CIAのスパイでキエフでのオペラ劇場襲撃テロの現場で逆行する銃弾に生命を救われますが、敵に捕まって拷問を受け薬物で自殺を図ります。

 ところが、それは睡眠薬で、救助された主人公は、謎の組織から第3次世界大戦を防ぐという任務を与えられます。どうやら未来から時間を逆行することのできる兵器のようなものがこの現代に送り込まれてきたらしいのです。

 主人公はニールという男の助けを得ながらも、基本的には単独で秘密を知ると思われるロシア出身の武器商人セイターとその妻のキャサリンに接近します。

 

 ここまでずっと主人公を書いてきましたが、この主人公には名前がないのですよね。映画を見ている途中で、「そういえば名前は?」と思って、帰ってからネットで確認したら名前は最初から設定されていないようです。

 基本、この映画の中で主人公がどんな男なのかということはよくわかりません。とにかく身体能力が抜群に良いということは見ていればわかるのですが(ジョン・デヴィッド・ワシントンはプロのアメフト選手だったとのこと)、性格もバックボーンもよくわからない男がひたすら危機を切り抜けるという展開は『ボーン』シリーズのジェイソン・ボーンを思い起こさせます。

 

 ただ、『ボーン』シリーズと大きく違うのは時間の逆行です。この映画では時間を遡行するだけではなく、時間を逆行する物体や人間が登場します。一方にしか流れない時間の矢を逆行するものが画面上に登場するのです。

 時間の逆行自体はSFでよくあるアイディアですが、それを実際に見せるのは大変です。時間の逆行を描いた小説としてはジョー・ホールドマン『ヘミングウェイごっこ』での描写が圧巻だと思いますが、この映画では時間を未来から過去に向かって動く人間が描かれるだけでなく、過去→未来と未来→過去の流れを1つの画面で見せるという意味不明な荒業を試みています。

 本当にあんなふうに見えるのかはまったくもって謎なのですが、それを押し通すのがノーランの凄さ。とにかく「すごいものを見た」という気にさせます。

 そして、見終わった後に、「あのシーンをもう1度!」となる映画ですね。面白いです。

 

morningrain.hatenablog.com