2020年の映画

 映画館で見た映画は15本(ブログで感想書いた14本と子どもと一緒行った『映画 プリキュアラクルリープ みんなとの不思議な1日』)。コロナの影響で3月から6月までの3ヶ月、そして6月から9月までの3ヶ月と映画を見ない時期がありましたが、その割には、けっこう面白い作本を見ることができたと思います。

 

1位 『1917 命をかけた伝令』

 

 

 サム・メンデス監督作品で、第一次世界大戦西部戦線を舞台に、前線の部隊に攻撃中止の命令を伝える伝令の体験を描いた映画。まるで、全編ワンカットで撮影したように構成されていて(途中で暗転するシーンもあるので相当な長回しをつないでいるのだと思いますが)、観客を没入させる形で戦場へと引きずり込みます。

 最初に味方の塹壕を歩き回るシーンでは。「一体どんなセットを組んでいるんだろう?」と思わず考えてしまいますが、だんだんとそういった考えが頭に浮かばなくなるほど緊迫感が増してきます。

 ラスト近くの味方の突撃の中を横切って走るシーンは素晴らしく、 近年の映画の中でも屈指のシーンではないかと思います。

 

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2位 『TENET テネット』

 

 クリストファー・ノーランの新作は時間の逆行というアイディアを取り入れたSFもの。映画の中にありえない世界を作り上げるという点では『インセプション』に似ていますが、やろうとしていることはさらにややこしいです。

 緻密なんだか大ボラなんだにわかには判別できない世界を作り上げ、それを『ボーン』シリーズ並みのアクションで、常に緊迫感を与え続けることでそれを押し通すのがノーランの力技ですね。

  <ジェイソン・ボーン>シリーズを思わせるアクションに、時間の逆行というややこしい要素を取り入れ、しかもそれを画にしてみせるというのはノーランならでは。

 

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3位 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語

  

 

 2018年の個人的ベスト映画『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグ監督+主演シアーシャ・ローナンのコンビが放つ『若草物語』をベースとした映画。

 舞台は南北戦争当時のアメリカ・マサチューセッツ。メグ、ジョー、リズ、エイミーの四姉妹を中心に家族のさまざまな出来事を描いた原作を、シアーシャ・ローナン演じるジョーが『若草物語』を書くまでというメタ的な視点で再構成し、さらに女性の自立と自由というテーマを中心に据えることで、原作を現代にぐっと引き寄せています。

 「女性映画」としても優れているのですが、個人的にそれ以上に感心したのが、この監督の「あるある」的なシーンをつくる上手さ。『レディ・バード』もそうでしたが、ちょっとしたやりとりや、感情の動きを切り取ることが非常に巧みですね。姉妹の関係性とかを上手く描けています。

 

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4位 『パラサイト』

 

 

 カンヌのパルムドールを獲った話題作ですが、評判通り面白かったです。

 近年、『万引き家族』にしろ『家族を想うとき』にしろ、あるいは『ジョーカー』にしろ、格差社会を正面から取り上げた映画が多いですが、その中でもこの『パラサイト』のパンチ力はすごいですね。さすがポン・ジュノです。

 今までのポン・ジュノの作品に比べると、この『パラサイト』は、富裕層=高いところ、貧困層=低いところ、といった具合に様式的な撮り方がなされているのですが、一定の様式に従って撮られていてます。だからこそラストの爆発力は圧巻で、素晴らしいインパクトを残しますね。

 

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5位 『ラストレター』

  

 

 いろいろな語り方ができる作品だと思いますが、まず特筆すべきは松たか子のコメディエンヌとしての才能と森七菜のかわいさ。広瀬すずと森七菜を並べて森七菜のほうをかわいく撮れるのは岩井俊二ならではですね。『Love Letter』の酒井美紀もそうでしたけど、岩井俊二はちょっと薄めの顔の女優を非常にかわいく撮りますね。

 福山雅治演じる男は、まるで『秒速5センチメートル』みたいで、初恋の思い出に囚われていてしまっています。しかも、話は途中からかなり重たい展開となり、美しい思い出というわけにはいかなくなるのですが、この映画の肝は松たか子で、松たか子の「確かさ」のようなものが映画に安定感を与えているのだと思います。

 

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 次点は、パリ郊外の今をリアルに描いた『レ・ミゼラブル』。他にも『羅小黒戦記〜ぼくが選ぶ未来〜』、『スパイの妻 劇場版』、『フォードvsフェラーリ』と、こんな状況にもかかわらず面白い映画が多かった1年だったと思います。

 

『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』

 今さらながら見てきました。

 ついに興行成績が過去最高になったわけですが、結果論的に言うと、TVシリーズを欲張りせずに中途半端なところで終わらせて、このエピソードで劇場版を作った戦略の勝利という感じですかね。

 TVアニメの「鬼滅の刃」をスタートさせたときに、どんな目論見があったのかはわかりませんが、TVシリーズは「那田蜘蛛山編」で盛り上げたあと、柱の登場と修行で終わるというやや中途半端な終わり方です。「次のシリーズは人気次第」のような姿勢だったら、無理して無限列車編までTVシリーズでやったのではないでしょうか?

 最初から「TVシリーズの第一期で終わらせるようなことはしない」という覚悟が制作陣に合ったのでしょう。

 

 この「無限列車編」自体も、見終わってみれば映画化するにはベストなエピソード。

 コミックを読んだときは「遊郭編」のほうが面白く読んだような記憶があるのですが、この「無限列車編」は最期に煉獄さんVS猗窩座の戦いがあることで、もう一段の盛り上がりがありますし、この戦いに『鬼滅の刃』全体を貫くテーマというか思想が現れています。

 以下、もはやネタバレなんて関係ない作品でしょうが、ネタバレを含みます。

 

 本作のキーになるセリフは煉獄さんの「老いることも死ぬことも 人間という儚い生き物の美しさだ 老いるからこそ死にからこそ 堪らなく愛おしく 尊いのだ」というものでしょう。

 このセリフは弱者を毛嫌いし、共に鬼になって最強の存在を目指そうと煉獄を誘う猗窩座という鬼に対して発せられています。

 悪役が人間の弱さをあげつらって、それに対して主人公がさまざまな迷いや経験を経て、こうしたセリフを言うというのはけっこうよくあることだと思います。

 しかし、本作では煉獄さんが一部の迷いもなくこのセリフを放ちます。闇堕ちの誘いに全く動じないのが、煉獄杏寿郎というキャラの特徴であり、それが清々しいかっこよさを生んでいます。

 近年、『ダークナイト』のジョーカーをはじめとして「絶対悪」的なキャラの造形が流行していたようにも思えますが、煉獄さんは逆に「絶対善」的です(『鬼滅の刃』では鬼になった理由に関しては理由づけされていることが多く、このあたりはあらゆる理由を拒むジョーカーと対照的)。

 

 また、TVシリーズもそうですが、アニメとしての動きもダイナミックで迫力があり、CGと手書きの部分をうまく組み合わせながら、新しい表現を生み出していますね。

 ジャンプ漫画では主人公たちの必殺技は名ばかりで具体的にどんなことをしているのかわからないケースが多いですが(代表はもちろん『聖闘士星矢』)、すべての技がダイナミックに再現されているのは気持ちがいいですね。

 

2020年ベストアルバム

 今年もたいして枚数は聴けずで5枚だけあげますが、Badly Drawn Boyのまさかの復活とか、ほぼノーマークのAnjimileを発見できたりとか、良かったと思うこともいくつか。

 ただ、邦楽は相変わらず新しいアーティストを見つけられずで、時流から取り残され続けている感じですね。

 

1位 Phoebe Bridgers / Punisher

 

 

 "Kyoto"のPVを見て買おうと思ったのですが、このPV、「日本で撮影しようと思ったけどコロナで撮れなかった?」と思わせるようなペラペラの映像、音的にもけっこうペラペラな感じです。

 ただ、これが何とも気持ちいい。ペラペラなんだけどトラックのメロディにはしっかりとした良さがあります。

 このペラペラっぽいけど、トラックが何とも心地よいというのは他の曲にも共通する部分で、さらにはボーカルの良さも相まって非常に完成度の高いアルバムに仕上がってます。

 

2位 Anjimile / Giver Taker

 

 

 ボストンを拠点に中心に活動しているアフリカ系アメリカ人のシンガーソングライターAnjimile(すいませんが読み方はよくわからない)のデビューアルバム。ちょっとググったところによるとトランスジェンダーの人でもあるらしいです。

 黒人の音楽というとなんとなく、派手であったり、ダンサブルなものを想像しがちですが、このAnjimileの音楽は非常に内省的な印象を受けます。

 静謐さを感じさせるようなきれいなメロディは、ちょっとSufjan Stevensの静かな曲を思い起こさせますが、Sufjanに比べると、リズム的な面白さもあって、それがアルバム全体の良いアクセントになっています。注目すべき才能だと思います。

 

3位 宮本浩次 / 宮本、独歩。

 

 

 このアルバムの魅力は何と言っても宮本浩次の歌唱力。エレファントカシマシ時代から良かったわけですけど、このソロアルバムではさまざまなジャンルに挑戦して、そしてすべてを歌いこなしている。

 ポテンシャルが圧倒的で、比較的平凡な曲あっても、宮本浩次が歌えば、平凡な曲に迫力と起伏が出てくる。自動車教習所の周回コースであってもF1マシンが走れば「すげぇ」となるのでしょうが、そんな感じです。

4位 Badly Drawn Boy / Banana Skin Shoes

 

 

 2009年の「Is There Nothing We Could Do?」から、ほぼ消息20年近く消息を聞いていなかったのですが、2020年にまさかの復活。

 そしてニューアルバムは予想以上に良かった!

 正直、良いとしてもかなり落ち着いてしまったサウンドなんだろうなと思っていたわけですが、冒頭の"Banana Skin Shoes"はU.N.K.L.E.のメンバーでもあったDJ Shadowを思わせる感じの尖った曲ですし、続く曲も2曲目の"Is This a Dream?"をはじめとして、メロディもよく、なおかつ若々しい。50歳近くになってこんなポップな曲をつくり、歌ってくるとは思いませんでした。

 

5位 Sufjan Stevens / The Ascension

  

 

 Sufjan Stevens、5年ぶりのオリジナルフルアルバム。フルもフルで収録時間は1時間21分もあります。

 前作の「Carrie & Lowell」は私的で静謐な感じのするアルバムでしたが、今回は「The Age of Adz」の路線ですね。過剰なまでにさまざまな要素を盛り込んでいます。

 音としても「The Age of Adz」に近くて、エレクトロニカ的な要素を取り入れつつ、全体の色調はダークです。「Illinois」の頃にあった有機的な賑やかさは冷たい無機質さに変わっています。

  ただし、メロディはやはりきれいで聴きどころは十分です。それでも長すぎて通勤時間の行き帰りでも聴き終わらないという…。

 

 次点はMr.Children / SOUNDTRACKS。"Brand new planet"は抜群に好きなのですが、他の曲がそれほどピンとこない感じでしたね。

 

2020年の本

 例年通り、今年読んで面白かった小説以外の本(社会科学の本ばかり)と小説を紹介ます。

  今年はコロナの影響で自宅勤務になったりして「いつも以上に本が読めるのでは?」などとも思いましたが、子どもがいる限り無理でしたね。そして、小説は読むスピードが随分鈍りましたし、そのせいか長編が読めなくなったというか、読まなくなった。短編集ばかりを紹介しますがご容赦ください。

 なお、新書に関しては別ブログで2020年のベストをまとめています。

 

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小説以外の本(読んだ順)

 

木下衆『家族はなぜ介護してしまうのか』

 

 

 なんとも興味をそそるタイトルですが、本書は、認知症患者のケアにおける家族の特権的な立場と、それゆえに介護専門職というプロがいながら、家族が介護の中心にならざるを得ない状況を社会学者が解き明かした本になります。

 最終的には次のような答えが導き出されているのですが、そのプロセスも含めて面白いですし、実際に介護に直面している人が読んでも得ることの多い本だと思います。

 

では、なぜこうした事態が生じるのか。

 それは、私たちが新しい認知症ケアの時代に生きているからだ。新しい認知症ケアの考え方のもとでは、患者たちは、介護者たちの「はたらきかけ」次第で、患者たちの症状が改善することが強調される。そしてそのはたらきかけの際に重視されるのが、患者の「その人らしさ(personhood)」を徹底的に重視することだった。患者個々人のライフヒストリー、すなわち人生は、介護に関与する多数のアクターの中でも、特に介護家族が知っていると想定される。(187p)

 

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谷口将紀現代日本の代表制民主政治』

  

 

 本書は、著者と朝日新聞社衆議院選挙や参議院選挙のたびに共同で行っている「東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査」をもとに、各政党、各議員のイデオロギー位置を推定し、さらに有権者への調査を重ねていくことで、「小泉以降」の日本の政治の変遷を分析したものになります。

 「00年代の激しい政治の動きが10年代になって奇妙な安定を見せているのはなぜか?」、「なぜ安倍政権はこんなに続いているのか?」、「なぜ野党はまとまれないのか?」など、ここ20年ほどの政治に関して、多くの人がさまざまな疑問を持っていることと思います。

 本書は上記の問いにずばり答えるようなものではありませんが、間違いなく問題を考える足がかりを与えてるものとなっています。

 

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酒井正『日本のセーフティーネット格差』

 

 

 今年のサントリー学芸賞、労働関係図書優秀賞を受賞した話題作ですが、内容は地味と言っていいくらい堅実だと思います。

 書名から「非正規雇用が増える中で社会保険セーフティーネットの役割を果たせなくなってきたことを指摘している本なのだな」と想像する人も多いでしょう。

 これは間違いではないのですが、本書の内容は多くの人の想像とは少し違っています。「日本の社会保険の不備を告発する本」とも言えませんし(不備は指摘している)、「非正規雇用の格差を問題視し日本的雇用の打破を目指す」といった本でもありません。

 本書はさまざまな実証分析を積み重ねることで、この問題の難しさと、改革の方向性を探ったものであり、単純明快さはないものの非常に丁寧な議論がなされています。特に仕事と子育ての両立支援を扱った第3章と、若年層への就労支援などを論じた第6章、最近流行のEBPMについて語った第7章は読み応えがあります。

 

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伊藤修一郎『政策実施の組織とガバナンス』

 

 

 副題は「広告景観規制をめぐる政策リサーチ」。タイトルと副題からは面白さは感じられないかもしれまえんが、「なぜ守られないルールがあるのか?」「なぜ政策は失敗するのか?」といった問いに変形すると、ちょっと興味が湧いてくるかもしません。

 そして、副題にもなっている広告景観規制は、ほとんどの地域で違反行為が放置されている一方で、京都のようにかなり実効性をもった規制が行われている地域もあります。「京都は歴史のある街で特別だ」という声もあがりそうですが、本書を読むと、京都市以外にも静岡県金沢市宮崎市などで効果のある取り組みがなされていることがわかります。

 実は著者は神奈川県の職員として広告景観規制の仕事を担当していたこともあり、「政策が実行されない事情」というものが実感的にわかるないようになっていて、そこも本書の面白い点だと言えるでしょう。

 

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アビジット・V・バナジーエステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学』

  

 

2019年にノーベル経済学賞を受賞した2人(マイケル・クレーマーも同時受賞)による経済学の啓蒙書。2人の専門である開発分野だけでなく、移民、自由貿易、経済成長、地球温暖化、格差問題と非常に幅広い問題を扱っています。

 著者らが得意とするのはRCT(ランダム化比較試験)を使った途上国での研究で、本書もマクロ経済学の理論に対して、ミクロ的な視点から「本当にそうなのか?」と問い直すものが多いです。

 特に経済学の想定と違い「人は移動しない」ということを念頭に置いた貿易問題や移民問題の分析、差別の問題をとり上げた部分が面白いですね。

 

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待鳥聡史『政治改革再考』

 

 

 平成という時代の政治を振り返ってみると、「改革」という言葉が飛び交い、実際に「改革」が行われた時代であったと言えるでしょう。小選挙区比例代表並立制が導入された選挙制度改革と、省庁再編、地方分権、司法改革、さらには日銀法の改正と、憲法の改正に匹敵するような改革が続きました。

 しかし、一方で2度の政権交代はあったものの、結局は自民党が政権を維持し続けており、次の政権交代が見えてこないという55年体制を思わせるような状況も続いています。司法制度改革なども当初の想定通りに進んでいるとは言えないでしょう。

 それはなぜなのか? という疑問に答えようとしているのが本書です。ここ30年の改革をひとまとまりのものと考え、その影響と想定通りにはいかなかった理由を考察しています。

 ずっと「安倍一強」「官邸支配」などと言われつつ、いざコロナが流行すると有効な手を打つことができなかった理由の一端も見えてくると思います。

 

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エマニュエル・サエズ/ガブリエル・ズックマン『つくられた格差』

  

 

 ピケティの共同研究者でもあるサエズとズックマンのこの本は、格差の原因を探るのではなく、格差を是正するための税制を探る内容になっています。序のタイトルが「民主的な税制を再建する」となっていますが、このタイトルがまさに本書の内容を示していると言えるでしょう。

 富裕層への最高税率が引き下げられたこと、法人税が引き下げられたことなどが格差の拡大に寄与しているということは多くの人が感じていることだと思いますが、同時に、富裕層への最高税率が引き上げられたら富裕層が海外へ逃げてしまう、法人税を引き上げたら企業が海外に逃げてします、経済成長にブレーキが掛かってしまうという考えも広がっています。そして、こうしたことを考えると結局は消費税(付加価値税)をあげていくしかないという議論の見られます。

 こうした考えに対して、本書は富裕層や企業からもっと税金を取るべきであり、それは可能であるという主張をしています。

 多くの人が格差が問題だと思っていながら、打つ手がわからない状況の中で、格差を縮小させる具体的な手段を提示した本と言えるでしょう(すべて実現するのは相当大変そうですが)。

 

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松永伸太朗『アニメーターはどう働いているのか』

  

 

 アニメーターは基本的にフリーランスですが、本書がとり上げているのはそうしたアニメーターが集まっているスタジオです。そこで、「なぜ、フリーランスでいいのに会社に所属しているのか?」、「なぜ、家でも作業はできるはずなのにスタジオに集まっているのか?」という疑問が浮かびます。

 本書は、実際にアニメ会社のスタジオで長期間の参与観察を行い、それをエスノメソドロジーの技法を用いながら分析することで、アニメーターの働き方と職場の秩序を明らかにし、同時に上記の疑問に対する答えを探っています。

 アニメーターというのはやや特殊な働き方ではあるのですが、そこから「なぜ企業は存在するのか?(すべて市場取引ではだめなのか?)」というロナルド・H・コース『企業・市場・法』で検討された大きな問題に接続して考えることもできますし、さらにテレワークの導入とともに浮上してきた「オフィスは必要なのか?」「オフィスはどうあるべきなのか?」という問題に対するヒントを見出すこともできます。

 さらにフリーランスの働き方、あり方を考える上でも重要な知見を教えてくる本だと思います。

 

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小説(読んだ順)

パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』

 

 

 『ピンポン』や『三美スーパースターズ』という2冊の長編が非常に面白かったパク・ミンギュの短編集。この短編集は2枚組のアルバムを意識しており、『サイドA』と『サイドB』が同時に発売されています。

 収録されている作品は、現代韓国を舞台にしたものとSFの2種類があり、SF作品は奇想系の作品に近いテイストです。

 個人的には現代韓国を舞台にした短編の面白さと上手さが印象的でした。そして、なんといっても気持ちがいいのがそのスピード感のある文体。基本的に小さなブロックごとに文章を作っていくようなスタイルなのですが、そこに短文を差し挟むことで加速するような文体をつくり上げています。「近所」、「黄色い河に一そうの舟」、「グッバイ、ツェッペリン」がオススメ。

 

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パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドB』

  

 

 『サイドA』が面白かったので、『サイドB』も読みましたが、こちらも面白い!

 収録作はバラエティに富んでいて面白いのですが、そんな中でもとりわけ上手さを感じるのが、「昼寝」と「星」。

 「昼寝」は妻を亡くし、家を処分して子どもたちに財産を分け与え、地元の施設に入った75歳の男性が主人公です。主人公はそこで高校時代のあこがれの女性と再開するのですが、彼女はすでに認知症になっていました。このように書くとかなり切ない話に思えるでしょう。実際、切ない話です。ただし、そこに笑いを挟んでくるのがパク・ミンギュならでは。しかもその塩梅が絶妙です。

  「星」はアルフォンス・ドーデの「星」という作品のカバーなのですが、主人公は人生に失敗し、運転代行業をやっている中年の男です。人生への恨みつらみが述べられた後に読者に秘密が明かされて、物語は急展開します。「誰かのそばに神がいないなら……人間でもいいから、いてやらなくてはならないだろう」(203p)との一節が刺さります。

 

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ケン・リュウ編『月の光』

 

 

 『折りたたみ北京』につづく、ケン・リュウ編の現代中国SFアンソロジーの第2弾。2段組で500ページ近くあり、しかもSF作品だけでなく、現在の中国のSFの状況を伝えるエッセイなども収録されており、盛りだくさんの内容となっています。

 2123年の自分から地球温暖化によって多くの都市が水没した未来を知らされ、その未来を救うための技術の概要を教えられるという『三体』の劉慈欣が書いている表題作の「月の光」ももちろん面白いですが、一番面白かったのは宝樹(バオシュー)の「金色昔日」。

 これは中国の歴史を逆回転させるという野心作になります。出だしは主人公の北京オリンピックの記憶から始まりますが、SARS零八憲章天安門事件文革と時代が戻って(進んで?)行きます。

 この逆さ回しの歴史の中で翻弄される主人公を描いたのが本作です。タイムトリップでもなく、『ベンジャミン・バトン』のように自分だけが若返っていくのでもなく、周囲の状況が反転していくというアイディアは秀逸ですし、何よりも中国を舞台にしているからこそ、荒唐無稽だけでは片付けられないリアリティがあります。

 

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ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』

  

 

 2016年に亡くなったアイルランド生まれの短篇の名手ウィリアム・トレヴァーの最後の短篇集。

 短篇というと、よく「何を書かないかが重要だ」といったことが言われますが、トレヴァーの短編は、まさにそれ。ただ、お手本というには本当にびっくりするほど「書かない」作風であり、常人が真似できるものではないですね。

  どの作品も面白いですが、特に長い人生を凝縮した作品である「カフェ・ダライアで」、「冬の牧歌」、「女たち」が面白いですかね。

 「冬の牧歌」はおそらく本書の中でも一番幅広く受け入れられるのではないかという作品。荒野の中にたたずむ裕福な農家の一人娘のメアリーと家庭教師としてやってきたアンソニーのひと夏の恋。それから10年以上経って結婚したアンソニーがふと思い立って屋敷を訪ねたことからドラマが始まり、そこからさまざまな物が壊れ始めます。そんな中で最後に残るものは? という話です。

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シェルドン・テイテルバウム 、エマヌエル・ロテム編『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』

 

 

 ここ最近、「グリオール」シリーズなどのSFを出している竹書房文庫から出たのが、この『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』。

 知られざるイスラエルのSFの世界を紹介するという意味では、中国SFを紹介したケン・リュウ編『折りたたみ北京』、『月の光』と似た感じですが、「イスラエル」というくくりだけではなく、「ユダヤ」というくくりもあるので、収録された小説の言語はヘブライ語だけでなく、英語、そしてロシア語も含まれます(翻訳は英語版からのもの)。

 中身は玉石混交という感じではありますが、ガイ・ハソン「完璧な娘」、サヴィヨン・ルーブレヒト「夜の似合う場所」、ヤエル・フルマン「男の夢」は非常に面白く、一読をおすすめします。

 

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松永伸太朗『アニメーターはどう働いているのか』

 酒井 正『日本のセーフティーネット格差』とともに、第43回労働関係図書優秀賞を受賞した本で、その受賞で本書の存在を知って読んでみましたが、なかなか面白い本です。

 まず、単純にアニメーターたちがどんなふうに仕事を行っているのかという点も興味深いですのですが、さらに、その働き方にも特徴があります。

 アニメーターは基本的にフリーランスですが、本書がとり上げているのはそうしたアニメーターが集まっているスタジオです。そこで、「なぜ、フリーランスでいいのに会社に所属しているのか?」、「なぜ、家でも作業はできるはずなのにスタジオに集まっているのか?」という疑問が浮かぶのですが、それに対する答えが本書ではいくつか示されています。

 アニメーターというのはやや特殊な働き方ではあるのですが、そこから「なぜ企業は存在するのか?(すべて市場取引ではだめなのか?)」というロナルド・H・コース『企業・市場・法』で検討された大きな問題に接続して考えることもできますし、さらにテレワークの導入とともに浮上してきた「オフィスは必要なのか?」「オフィスはどうあるべきなのか?」という問題に対するヒントを見出すこともできます。

 

 手法としては参与観察とエスノメソドロジーの技法が用いられています。エスノメソドロジーというと会話分析のイメージが強く、「アニメスタジオでそんなに会話が拾えるのかな?」とも思いましたが、本書ではオフィスの空間とその空間の用いられ方に注目しながら、個々のアニメーターたちの行為を解釈しています(だからこそ、オフィスの問題を考えるときのヒントになる)。

 「エスノメソドロジー」と聞くと身構える人もいるかもしれませんが、記述は平易ですし(エスノメソドロジーを知らないとややまだるっこしく感じるかもしれませんが)、比較的読みやすいのではないかと思います。

 

 目次は以下の通り。

00 序章:アニメーターの労働への新しい見方
  集まって働くフリーランサー

01 アニメーターの労働をめぐる諸前提

02 X社というフィールド

03 生産活動
  作画机の上での協働と個人的空間

04 労務管理
  仕事の獲得・不安定性への対処・協働の達成

05 人材育成
  技能形成の機会

06 個人的空間への配慮と空間的秩序の遂行

07 終章:本書の要約とインプリケーション

 

 まず、アニメーターというと思い浮かぶのは「低賃金」であり、いわゆる「やりがい搾取」的な仕事の典型例というイメージを持つ人をいるかもしれません。

 ただし、それだけを強調するだけでは、アニメーターたちは適切な判断能力を失って、「働かされている」ということになりかねません。

 

 本書が研究対象としているX社は調査を行った2017年時点で40年以上の歴史をもつ老舗的な作画スタジオで、アニメ制作の中では下請け制作会社に位置します。X社には40名ほどのアニメーターが在籍していますが、他のスタジオに出向しているスタッフも多いです。

 社長の小笠原(仮名)は現役のアニメーターでもあり、演出家としても活躍しています。マネージャーと経理以外のスタッフは基本的にアニメーターになりますです。

 アニメーターたちは基本的に作画などの作業量に応じて賃金を受け取りますが、作品の主要スタッフ担った場合などは出向という形で、他のスタジオに常駐することになります。この場合でも、賃金は一旦X社に振り込まれた上で、手数料を差し引いた上でスタッフに支給されます。

 

 ここまで説明したところで、「中抜き!」「搾取!」という言葉が頭をよぎった人もいるかもしれません。実際、現在の社長の小笠原も以前、他の作画監督のギャラの話を聞いたときに自分のギャラが結構抜かれていることに気づいたと言ってますし、実際にそれで辞めた人もいるとのことなのですが(67p)、それでもX社のスタッフの多くがこのやり方に納得し、X社が長年存続しているというのが、本書が解き明かしていくれる謎になります。

 

 X社のスタジオで行われている作業の多くは原画の作成で、絵コンテをもとに画面を設計し、演出の要求する動きや演技を絵に描いていく作業です。近年では絵コンテからレイアウトを作成するレイアウトラフ原画(LOラフ原画(第一原画ともいう))、ラフに描かれたレイアウトを清書する第2原画に分かれている場合が多く、作業の難易度はLOラフ原画が上で、収入のより高くなります。

 原画は1つ1つのシーンや動きのまとまりである「カット」を請け負う形になっており、2009年の日本アニメーター・演出家協会のまとめた資料だと、原画は1カット1500〜20000円で平均1カット3966円、第2原画は1000〜2500円で平均1カット1720円となっています(46p表1−2参照)。

 一口にアニメの仕事と言ってもその担当する仕事や技量によって収入は随分違うようで、54p表2−2の「X社の人員構成」に2016年の年収も載っているのですが(無回答とアンケートを取れなかった人もいる)、100万円台から総作画監督をやって1000万を超えている人までいます(ただ、1000万超えは例外的な感じで経験のあるベテランで600万前後という感じでしょうか)。

 

 スタッフへのインタビューを読むと、基本的にX社に所属している理由は、「技術が向上できるから」、「個人で仕事を探す必要がない」、「X社というネームバリュー」といったものがあげられています(66p表2−2参照)。

 本書ではそうした声が本当なのかということが、実際に観察された場面なら検討されていくことになります。

 また、実際にスタジオに集まって作業することのメリットも検討されることになります。本書の第2章では女性スタッフがアダルトもののアニメを担当したときに周囲の目が気になってストレスから病院に通うことになったという話が紹介されていますし(68p)、個々人の作画机というパーソナルスペースをかなり尊重している様子もうかがえます(電話を取るときもわざわざ遠い電話まで移動したりしている)。それにもかかわらず、集まって働くメリットはあるのか? ということです。

 

 まず、X社に所属することは「仕事を得る」という点で大きなメリットがあります。

 近年のアニメ作品は放映期間が3ヶ月のものが多く、長期にわたって同じ作品の仕事をすることが難しくなっています。つまりアニメーターたちは現在の作業をしつつ、次の仕事を探す必要があるのです。

 しかし、X社ではマネージャーがこの手の仕事を取り仕切っています。マネージャーは他社から来た注文に対して手が空いているものを紹介し、さらにギャラの交渉まで行います。例えば、92pに拘束で月35万という相手方の条件に対してマネージャーがそのスタッフは子どもがいるので35万では厳しいと述べ、別の会社から月40万円という話があると持ち出して、報酬を40万に引き上げることを呑ませています。

 さらに、マネージャーは「誰か起用できるスタッフはいないか?」との要求に社内のスタッフを紹介しています(94p)。

 他にも手が空きそうな(仕事が途切れそうな)スタッフからの相談を受けて、仕事を紹介するなど、X社ではマネージャーが大きな役割を果たしています。

 「仕事を探す」「ギャラの交渉をする」というのはアニメーターにとってかなりコストのかかる(人によっては苦手な)ものだと思いますが、X社に所属することでそのコストを大幅に軽減できるのです。

 

 さらに突発的なトラブルにも組織的に対応できます。スタッフの1人が体調不良で仕事をこなせなくなったケースでは、マネージャーが中心となり、社長の小笠原の意見も聞きながら社内のスタッフにカットを割り振っています。これによって締め切りを守り、「X社というブランド」という価値を守っているのです。これが個人で請けていたケースだと、締め切りを守れなかったことでその個人の評判が毀損されることになったはずで、これが「X社のネームバリュー」という評価にもつながっているのでしょう。

 

 次に「技術の向上」という点ですが、これについては第5章で具体的にいくつかのアドバイスの場面がとり上げられています。

 そのうちの1つは、若手のアニメーターが描こうとしているカットに対して社長の小笠原が、「テレビでしょこれ・全部原画になってカロリー高くなっちゃう」(107p)、「ギャラに見合ってない。下にも迷惑がかかる。のでTVシリーズでやる演技ではない。ヤマだったら別だけど」(109p)といったアドバイスをしているものです。要するにTVアニメでやるには手間のかかりすぎる作画になっているということなのでしょうが、こういった知識は学校などでは教えられない現場ならではの知識と言えるでしょう。単純に自分の労力だけではなく後工程のことも考えた実践的なアドバイスになっています。

 他の場面では、先輩のアニメーターが後輩に対して、この2人の位置関係だと1人が持っている杖がもう1人に当たってしまう、小柄な女性のキャラクターが重そうな杖を地面と平行な形で持つのは違和感がある、といったアドバイスがなされています(119p)。さらにこの指導に続いてX社以外ではこのような指導が少なくなってきていると語られています、若手のアニメーターにとってX社に所属するメリットがよくわかる場面となっています(さらにこれが「X社のネームバリュー」を担保している構造になっている)。

 

 また、X社には上り棚と呼ばれる仕上がった原画を置いておく場所があります。原画は袋に入っているために展示されているわけではないのですが、スタッフはこの原画を見ることができます。

 あまり堂々と見るべきものではないような雰囲気ですが(見ているのは周囲に人がいないときにほぼ限られている)、それでもこうした形で他者の原画を参考にすることができるようになっているのです。

 

 第6章では、スタジオ内でのさまざまな雑談がとり上げられています。

 特徴の1つは、できるだけ作画机の個人スペースを侵さないような形で雑談がなされている点です。社外の人の情報をちょっと聞きたいと言ったケースでも、聞く側は相手が離席したタイミングを見計らって話しかけたりしていますし、作画机で寝ているスタッフがいたら、聞きたいことがあっても起こさないといった場面が見られます。

 また、雑談から仕事上の問題点が解決するケースも見られ、基本的に1人で作業しつつも、周囲に仲間がいることで、いろいろな知恵が出てくる様子もうかがえます。

 仲間のテリトリー(作画机)を侵さないというスタイルが労働時間を伸ばすことにつながっている可能性もありますが、個人の作業がメインでありながら、やはり集団で働くことの意義もあるといったことがわかります。

 

 このように本書は「集団で働くこと」の意味を改めて問い直すような内容にもなっています。

 ネットによって取引費用が低下する中で、フリーランス、あるいはギグ・ワーカー的な働き方は今後ますます増えていくと考えられますが、本書読むと、ネットの出現によって低下した取引コストというのは、実はフリーランスの個人に転嫁されているだけではないか? という疑問も浮かびます。そして、取引コスト以外の技能形成のコストなども、フリーランスの場合は個人で負わざるを得ません。

 本書は、一見すると集まって働く必要がないと思われるアニメーターの働き方を詳しく観察することによって、組織や「集団で働くこと」の意義を再認識させてくれます。

 

 エスノメソドロジーを使った分析に関しては、過剰な解釈ではないかと感じる人もいるかもしれませんが、基本的にはわかりやすい議論がなされていると思いますし、アニメに興味がある人だけでなく、フリーランスの働き方、あるいは企業という組織について興味がある人にとっても面白い内容を含んだ本になっています。

 

 

コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』

 ピュリッツァー賞に全米図書賞、さらにはアーサー・C・クラーク賞を受賞し、日本では2017年のTwitter文学賞・海外部門を受賞した小説。かつて、アメリカに存在した南部の奴隷を北部に逃がす組織「地下鉄道」をモチーフにした作品になります。

 奴隷の逃亡を助けるのは違法であり、手助けした者は白人であっても罰せられたため、奴隷は「積み荷」、輸送を助ける人物は「車掌」、奴隷を匿う小屋は「駅」と呼ばれました。

 

 本書の主人公はコーラと呼ばれるジョージア州に住む奴隷の少女で、新入りの少年奴隷のシーザーから奴隷を逃がす「地下鉄道」の話を聞き、逃亡を決意します。コーラの母のメイベルは娘をおいて逃亡しており、そのことと農場での凄惨な出来事もあって、コーラは逃亡の旅を始めるのです。

 この農園での奴隷たちの生活や扱われ方の描写は非常にリアルであり、真に迫るものがあります。

 

 ところが、本書はそこから飛躍します。本書では「地下鉄道」はその名の通り、奴隷を乗せて秘密のトンネルを走る鉄道なのです。この鉄道に乗って、コーラはジョージアからサウスカロライナへ、さらにノースカロライナへと移動していきます。

 コーラとシーザーはとりあえず逃げた先のサウスカロライナで暖かく受け入れられるのですが、読み進めていくとサウスカロライナに摩天楼があったりと、どうも「本当の」サウスカロライナではないように感じられてきます。

 先程述べたように、舞台はサウスカロライナノースカロライナ、さらにテネシーインディアナと移っていくのですが、インディアナを除くと、それぞれアメリカの戯画化されたディストピアになっています。

 

 もちろん、これは19世紀を舞台としたフィクションであり、現実のアメリカを描いたものではないのですが、これらのディストピア(特にサウスカロライナノースカロライナ)は人種差別から生み出されており、そこに現代までつづく「ディストピアとしてのアメリカ」を見ることができます。

 そういった意味で本小説はSFっぽいところもあり、読み終えるとアーサー・C・クラーク賞を受賞したことが納得できます。

 

 読む前は、想像力によって奴隷制に対抗する話かと思っていましたが、読み終えてみると、想像力によって奴隷制の病根をさらに掘り進めるような話でしたね。

 

Mr.Children / SOUNDTRACKS

 Mr.Childrenのニューアルバムですが、前々作「REFLECTION」、前作「重力と呼吸」はプロデューサーの小林武史と決別して、「原点回帰」といった印象の強いアルバムでしたが、今作はピアノもあり、ストリングスもありと、小林武史がいた頃に近い編成で演奏されている曲が多いです。

 ただし、だからこそ小林武史の特徴も改めて分かる感じで、小林武史時代は曲の輪郭線が強いんですよね。例えば、個人的にかなり好きな「擬態」とかも、ドラムとかかなり複雑なリズムを叩いているけど、目立つの冒頭のピアノのメロディ。あそこで曲の印象を一気に固めています。

 一方、今作はそういった輪郭線の強さのようなものはなく、ややぼやけた印象も受けます。

 ただ、それが悪いわけでもないです。

 

 今作で一番いいと思う曲は"Brand new planet"ですが、これは今回のアレンジとハマっています。

 この曲の最後のサビの歌詞はこんな感じ。

この手で飼い殺した

憧れを解放したい

消えかけの可能性を見つけに行こう

何処かでまた迷うだろう

でも今なら遅くはない

新しい「欲しい」まで もうすぐ

新しい「欲しい」まで もうすぐ

 

 歌詞を見るまでは「新しい星」かと思ってましたが、「新しい「欲しい」」となっています。 

 このサビも小林武史時代と比べると、少し曇った感じというか、はっきりとした塊というよりは空気中に発散していく感じで展開されるのですが、これがこの歌詞に合ってます。

 桜井和寿も50歳になり、やはり「新しい「欲しい」」という言葉には切実さとともに照れもあるんではないかと思うのですが、このちょっと気恥ずかしさもある切実な気持ちとこのアレンジが非常にマッチしていると思います。「星」的な感じも出てますし、この曲はこのアレンジも相まって近年のミスチルの曲の中でも相当いいんじゃないかと思います。

 

 一方、映画のドラえもんの主題歌にもなっていた"Birthday"はもっとインパクトを強めにしてもいいかと思いました。

 それぞれ好みはあるでしょうけど、個人的には"Brand new planet"1曲でもけっこう満足できた感じですね。

 


Mr.Children 「Brand new planet」 from “MINE”