木山幸輔『人権の哲学』

本書の書き出しは次のようなものです。 本書の目的は、人権に確定性を与えつつ、当該概念を適切に正当化する、そうした構想を提示することにある。より具体的にいえば、本書の目的は、人権の適切な構想として自然本性的構想、なかんずく二元的理論と本書が呼…

デイヴ・ハッチソン『ヨーロッパ・イン・オータム』

帯には「ジョン・ル・カレ×クリストファー・プリースト」とありますが、まさにそんな作品です。 舞台となっているのは近未来のヨーロッパなのですが、経済問題や難民問題、さらに「西安風邪」と呼ばれるパンデミックが起こったことで、人口が減少し、国境管…

Vance Joy / In Our Own Sweet Time

CD

オーストラリア出身のSSWの3rdアルバム。デビュー作から聴いていますが、メロディーの良さと引き出しの多さが特徴で、今作も飽きさせない中身になっています。 例えば、2曲目の"Solid Ground"なんかがいかにもVance Joyっぽい曲だと思いますが、決して派手な…

川中豪『競争と秩序』

副題は「東南アジアにみる民主主義のジレンマ」。フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールの5カ国を比較しながら、安定した民主主義には何が必要なのかということを探っています。 民主主義を語る時に引き合いに出されるのは欧米の、いわ…

『神々の山嶺』

夢枕獏の原作を谷口ジローが漫画化し、さらにそれをフランスでアニメ化したもの。ここ最近、『犬王』とか『ピングドラム』みたいなケレン味たっぷりのアニメを見ていたから、冬山や断崖といったダイナミックな自然を堂々と見せるのは新鮮だったし、表現も上…

松沢裕作『日本近代社会史』

副題は「社会集団と市場から読み解く 1868-1914」。 タイトルにあるように「近代」の「社会史」なのですが、副題にあるように「社会集団」(身分集団)と「市場」の関わりを軸にして、明治から第1次世界大戦が始まるまでの社会の変容を描いています。 著者の…

『ベイビー・ブローカー』

是枝裕和監督が、韓国を舞台に韓国人俳優のキャスト、スタッフで作った映画。ソン・ガンホ、ペ・ドゥナなどの大物キャストを揃えて、日本人俳優は一切作っていませんが、それでも非常に是枝監督らしい作品に仕上がっています。 日本にもある「赤ちゃんポスト…

カン・ファギル『大丈夫な人』

白水社の<エクス・リブリス>シリーズから出た1986年生まれの韓国の女性作家の短編集。 以前、キム・グミの短編集『あまりにも真昼の恋愛』を読んだときに、いくつかの短編は「ホラーだ!」って思ったのですが、このカン・ファギル『大丈夫な人』はほぼ完全…

『PLAN 75』

75歳以上が自ら生死を選択できる制度(PLAN 75)が国会で可決された近未来の日本という設定は、正直なところセンセーショナルだけど平凡ですし、冒頭で相模原の障害者殺傷事件の植松被告を思わせる人物が登場するのも平凡です。 ですから、見始めたときは「…

The Smile / A Light for Attracting Attention

CD

Radioheadのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッド、そして Sons Of Kemetのトム・スキナーからなるバンド・The Smileのデビューアルバム。 ここ最近のRadiohead のアルバムに比べるとやや明るい感じで、ポップよりな印象も受けますが、プロデューサーがい…

北村亘編『現代官僚制の解剖』

2019年に出版された青木栄一編著『文部科学省の解剖』は、過去に村松岐夫が中心となって行った官僚サーベイ(村松サーベイ)を参考に、文部科学省の官僚に対して行ったサーベイによって文部科学省の官僚の実態を明らかにしようとしたものでした。 本書は、そ…

『犬王』

見終わった最初の感想は「これはクイーンであり、犬王はフレディ・マーキュリーだ」ということ。映画の中のかなりの時間をステージのシーンが占めているのですが、それがとにかく過剰。 湯浅政明監督は、アニメならではのさまざまな効果を存分に使って作品を…

ファン・ジョンウン『年年歳歳』

短編集『誰でもない』が面白かったファン・ジョンウンの長編で、韓国で2020年に「小説家50人が選ぶ今年の小説」にも選ばれているとのことです。 この小説を書くことになったきっかけは、著者が順子(スンジャ)という女性に数多く会ったことだといいます。19…

Kendrick Lamar / Mr. Morale & The Big Steppers

CD

Kendrick Lamarの5年ぶりのニューアルバム。「ザ・ビッグ・ステッパー」と「ミスター・モーラール」というタイトルの2枚組の構成という形になっています。 「DAMN.」がアルバム全体を通じてやや重苦しいムードがあったのに対して、今作はトラックもバラエ…

郝景芳『流浪蒼穹』

短編「折りたたみ北京」や長編の『1984年に生まれて』で知られる郝景芳のデビュー作にして、本格的な火星SFとなっています。 裏表紙に書かれた紹介は次のようになっています。 22世紀、地球とその開発基地があった火星のあいだで独立戦争が起き、そして火星…

リン・ハント『人権を創造する』

タイトルからして面白そうだなと思っていた本ですが、今年になって11年ぶりに重版されたのを機に読んでみました。 「人権」というのは、今生きている人間にとって欠かせないものだと認識されていながら、ある時代になるまでは影も形もなかったという不思議な…

『シン・ウルトラマン』

いろいろと賛否両論あるみたいですが、個人的には面白かったです。 なんといっても山本耕史のメフィラス星人は最高ではないですか。ここ最近の実写のキャラの中ではピカイチと言ってもいいくらいで、「私の好きな言葉です」のセリフといい、このキャスティン…

Fontaines D.C. / Skinty Fia

CD

アイルランド・ダブリン出身のバンドの3rdアルバム。ジャンルとしてはポスト・パンクで、前作の「A Hero's Death」から聞き始めてます。 とにかく非常に雰囲気の良いバンドだと思ったのだけど、この手のバンドの難しさは雰囲気の良さで押せるのは最初だけで…

『RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編] 君の列車は生存戦略』

昨年、放送から10周年を迎えたTVアニメ「輪るピングドラム」の劇場版。 子ども姿で記憶をなくしている冠葉と晶馬が池袋のサンシャイン水族館で不思議な赤ちゃんペンギンに出会うところから映画はスタートします。TV版の最終回で冠葉と晶馬は子どもの姿になっ…

オリヴィエ・ブランシャール/ダニ・ロドリック編『格差と闘え』

2019年10月にピーターソン国債経済研究所で格差をテーマとして開かれた大規模なカンファレンスをもとにした本。目次を見ていただければわかりますが、とにかく豪華な執筆陣でして、編者以外にも、マンキュー、サマーズ、アセモグルといった有名どころに、ピ…

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』

2019年のTwitter文学賞の海外編1位など、さまざまなところで評判を読んでいた本がこの度文庫化されたので読んでみました(それにしても本屋大賞の翻訳小説部門第2位とTwitter文学賞が帯で並んで紹介されているのは熱いですね)。 全部で24篇の短編が収録され…

岡田憲治『政治学者、PTA会長になる』

近年、さまざまな場所で批判的に語られることが多いPTA。どんな事情があってもやらされるかもしれない恐怖の役員決め、非効率の権化のように言われてるベルマーク集めなど、PTAについてのネガティブな話を聞いたという人は多いと思います。 また、PTAをなく…

Christian Lee Hutson / Quitters

CD

Phoebe Bridgersが来日した際にギタリスト、そして前座を務めていたLAを拠点にするフォーク・シンガーの2ndアルバム。 ギター中心の非常にオーソドックスなフォークかと思いきや、1曲目の"Strawberry Lemonade"も最後で少し変化をつけてきますし、3曲目の"Ru…

渡邉有希乃 『競争入札は合理的か』

公共事業では、それを施工する業者を入札で決めることが一般的です。多くの業者が参加して、その中で最安を提示した業者がその工事を落札するわけです。 ところが、日本の公共事業では指名競争入札という形で、発注側が入札できる業者をあらかじめ指定したり…

スタニスワフ・レム『地球の平和』

第2期の刊行が始まった国書刊行会の「スタニスワフ・レム・コレクション」の第2弾は〈泰平ヨン〉シリーズの最終作にして、レムにとって最後から2番目の小説になります。 カバー見返しの内容紹介は次のようになります。 自動機械の自立性向上に特化された近…

『コーダ あいのうた』

今年のアカデミー賞の作品賞と助演男優賞(トロイ・コッツァー)、脚色賞を獲った作品。 冒頭は漁船のシーンで、主人公のルビーが歌いながら漁を手伝っていますが、一緒に乗っている父と兄は気にしていません。なぜなら、二人とも耳の聞こえない聾唖者だから…

『ベルファスト』

北アイルランドのベルファスト出身のケネス・ブラナーが監督・脚本を務めた作品。ケネス・ブラナーの自伝的要素も強いと言います。 最初は、鮮やかな現在のベルファストの映像から始まりますが、舞台となる1969年のシーンが始まるとモノクロになり、プロテス…

竹中佳彦・山本英弘・濱本真輔編『現代日本のエリートの平等観』

近年、日本でも格差の拡大が問題となっていますが、その格差をエリートたちはどのように捉えているのでしょうか? 本書は、そんな疑問をエリートに対するサーベイ調査を通じて明らかにしようとしたものになります。 このエリートに対する調査に関しては、198…

崎山蒼志 / Face To Time Case

CD

昨年出た「find fuse in youth」が素晴らしかった崎山蒼志のアルバム。メジャーデビュー後の2ndアルバムということになりますね。 今作もメロディー的には光るものがあり、また全体的なスケール感もアップしています。 ただし、そのスケール感のアップがいい…

野島剛『蔣介石を救った帝国軍人』

もと朝日新聞の記者で『香港とは何か』(ちくま新書)など台湾や香港に関する著作で知られる著者が、2014年に『ラスト・バタリオン』のタイトルで講談社から出版した本が改題されて文庫化されたものになります。 副題は「台湾軍事顧問団・白団の真相」となっ…