読書

小林悠太『分散化時代の政策調整』

著者の博論をもとにした本で副題は「内閣府構想の展開と転回」。興味深い現象を分析しているのですが、なかなか紹介するのは難しい本ですね。 タイトルの「分散化時代」と言っても「そんな言葉は聞いたことがないし、何が分散したんだ?」となりますし、「政…

劉慈欣『円 劉慈欣短篇集』

『三体』でスケールの大きなアイディアとストーリーテリングの上手さを存分に示した劉慈欣の短編集。 収録作は以下の通りです。 鯨歌地火(じか)郷村教師繊維メッセンジャーカオスの蝶詩雲栄光と夢円円(ユエンユエン)のシャボン玉二〇一八年四月一日月の光人…

2021年の本

なんだかあっという間にクリスマスも終わってしまったわけですが、ここで例年のように2021年に読んで面白かった本を小説以外と小説でそれぞれあげてみたいと思います。 小説以外の本は、社会科学系の本がほとんどになりますが、新刊から7冊と文庫化されたも…

倉田徹『香港政治危機』

2014年の雨傘運動、2019年の「逃亡犯条例」改正反対の巨大デモ、そして2020年の香港国家安全維持法(国安法)の制定による民主と自由の蒸発という大きな変化を経験した香港。その香港の大きな変動を政治学者でもある著者が分析した本。 香港返還からの中国と…

善教将大『大阪の選択』

今年10月の総選挙で躍進を遂げた維新の会、特に大阪では候補者を立てた選挙区を全勝するなど圧倒的な強さを見せました。結成された当初は「稀代のポピュリスト」橋下徹の人気に引っ張られた政党という見方もあったと思いますが、橋下徹が政界を引退してもそ…

アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』

国書刊行会<ドーキー・アーカイヴ>シリーズの1冊。 一風変わったマイナー小説を集めているこのシリーズですが、この『アフター・クロード』はその中でもなかなか強烈な印象を与える作品。 著者の分身とも言える主人公のハリエットが「捨ててやった、クロー…

デイヴィッド・ガーランド『福祉国家』

ミュデ+カルトワッセル『ポピュリズム』やエリカ・フランツ『権威主義』と同じくオックスフォード大学出版会のA Very Short Introductionsシリーズの一冊で、同じ白水社からの出版になります(『ポピュリズム』はハードカバーで『権威主義』と本書はソフト…

宝樹『時間の王』

中国のSF作家であり、あの『三体』の続編を書いて劉慈欣に認められたことでも知られている宝樹(バオシュー)の短編集になります。1980年生まれで、郝景芳や陳楸帆らと同世代になります。 ちなみに宝樹という名前は苗字+名前というわけではなく、ひとまとま…

アダム・プシェヴォスキ『それでも選挙に行く理由』

日本でも先日、衆議院議員の総選挙が行われ、その結果に満足した人も不満を覚えた人もいるでしょうが、冒頭の「日本語版によせて」の中で、著者は「選挙の最大の価値は、社会のあらゆる対立を暴力に頼ることなく、自由と平和のうちに処理する点にあるという…

ジェスミン・ウォード『骨を引き上げろ』

アメリカの黒人女性作家による2011年の全米図書賞受賞作。ミシシッピ州の架空の街ボア・ソバージュを舞台にハリケーン・カトリーナに襲われた黒人の一家を描いた作品。 南部の架空の街を舞台にした家族の物語となると、当然、思い起こすのがフォークナーで、…

キャス・サンスティーン『入門・行動科学と公共政策』

副題は「ナッジからはじまる自由論と幸福論」。著者はノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーらとともに「ナッジ」を利用した政策を推し進めようとしている人物であり、オバマ政権では行政管理予算局の情報政策及び規制政策担当官も務めています。 …

呉明益『眠りの航路』

『歩道橋の魔術師』、『自転車泥棒』、そして今年に入って『複眼人』と翻訳が相次いでいる呉明益の長編が白水社の<エクス・リブリス〉シリーズで登場。 ただし、発表順でいうと本作は呉明益の長編デビュー作であり、一番古い作品になります。 とっつきにく…

よりよい床屋政談のために〜2021年衆院選のためのブックガイド〜

岸田内閣が成立し、衆議院の総選挙が10月31日に決まりました。政治好きとしては「総選挙」と聞くだけでなんとなく盛り上がってしまうのですが、ここ数回の国政選挙に関してはその結果に不満を持っている野党支持者、あるいは無党派の人も少なくないと思いま…

ジェフリー・ヘニグ『アメリカ教育例外主義の終焉』

タイトルからはなかなか内容が見えてこない本で、かなりマニアック内容ではないかと想像させますが、意外に日本の教育をめぐる政治を考える時に役に立つ本です。 アメリカでは、教育は伝統的に学区によって運営されてきました。学区は公選の教育委員会などに…

トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』

「そりゃインターネットのせいに決まっているじゃない。疑問の余地なし」(536p) 「ちょっと待って、アメリカ人がそう思うのは誰のせい? 9.11を国民に売りつけたのは政府でしょ。みんな買わされた。政府は私たちから大切な悲しみを取りあげて、加工して、…

永吉希久子編『日本の移民統合』

昨年出た『移民と日本社会』(中公新書)は非常に面白かったですが、その著者が編者となって移民の「統合」についてまとめたのがこの本。 本書の特徴は、2018年に著者らが行った在日外国籍住民に対する無作為抽出調査(「くらしと仕事に関する外国籍市民調査…

アブナー・グライフ『比較歴史制度分析」上・下

エスカレーターに乗るとき、東京では左側に立って右側を空け、大阪では右側に立って左側を空けます。別にどちらを空けてもいいようなものですが、なぜかこのようになっています。 この「なぜ?」を説明するのがゲーム理論と均衡の考え方です。一度「右側空け…

ガードナー・R・ドゾワ他『海の鎖』

国書刊行会「未来の文学」シリーズの最終巻は、SF翻訳者・伊藤典夫によるアンソロジー。「仕事に時間がかかる」ことでも有名な翻訳者ということもあり、シリーズの最後を飾ることとなりました。 比較的難解とされる作品を訳すことでも有名な翻訳者ですが、こ…

黒川みどり『被差別部落認識の歴史』

中学で公民を教えるときに、教えにくい部分の1つが被差別部落の問題です。 問題を一通り教えた後、だいたい生徒から「なんで差別されているの?」という疑問が出てくるのですが、歴史的な経緯を説明できても、現代でも差別が続いている理由をうまく説明する…

ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』

世界の不平等について論じた『不平等について』や、「エレファント・カーブ」を示して先進国の中間層の没落を示した『大不平等』などの著作で知られる経済学者による資本主義論。 現在の世界を「リベラル能力資本主義」(アメリカ)と「政治的資本主義」(中…

劉慈欣『三体III 死神永生』

『三体』シリーズの完結編。 第Ⅰ部では文革から始まりVRゲーム「三体」を中心に繰り広げられるほら話、第2部では三体人に対抗するために選ばれた4人の面壁者の繰り出す壮大なほら話、そして、宇宙では知的生命体が居場所を知られるとより高次の知的生命体に…

高岡裕之『総力戦体制と「福祉国家」』

歴史を見ていくと、日本が戦争へと突き進んでいく中で、1938年に厚生省が誕生し、同年に農家・自営業者向けの国民健康保険法が創設され、42年に労働者年金保険が誕生するなど、福祉政策が進展していたのがわかります(1940年の国民学校の創設と義務教育の延…

宮本太郎『貧困・介護・育児の政治』

社会保障に関する政府のさまざまな会議の委員を務め、民主党政権では内閣参与になるなど、近年の日本の社会保障政策の形成にも携わってきた著者が、ここ30年ほどの日本の社会保障の歴史を振り返り、「なぜこうなっているのか?」ということを読み解き、今後…

リン・マー『断絶』

中国が発生源の未知の病「シェン熱」が世界を襲い、感染者はゾンビ化し、死に至る。無人のニューヨークから最後に脱出した中国移民のキャンディスは、生存者のグループに拾われる……生存をかけたその旅路の果ては? 中国系米国作家が放つ、震撼のパンデミック…

ヤン・ド・フリース『勤勉革命』

副題は「資本主義を生んだ17世紀の消費行動」。タイトルと副題を聞くと、「勤勉革命なのに消費行動?」となるかもしれません。 「勤勉革命」という概念は、日本の歴史人口学者の速水融が提唱したものです。速水は、江戸時代の末期に、家畜ではなく人力を投入…

呉明益『複眼人』

『歩道橋の魔術師』や『自転車泥棒』などの著作で知られる台湾の作家・呉明益の長編小説。 2011年に刊行され、世界14カ国で翻訳された呉明益の出世作とも言うべきもので、2015年に出版された『自転車泥棒』よりも前の作品になります。 帯にはアーシュラ・K・…

山尾大『紛争のインパクトをはかる』

タイトルからは何の本かわからないかもしれませんが、副題の「世論調査と計量テキスト分析からみるイラクの国家と国民の再編」を見れば、ISの台頭など、紛争が続いたイラクの状況について計量的なアプローチをしている本なのだと想像がつきます。 近年の政治…

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞後の作品。読み始めたときは、「どうなんだろう?」という感じもあったのですが、ストーリーが進むにつれてどんどんと面白くなりますね。 ただ、この本を紹介しようとすると少し難しい点もあって、それはこの作品が『わ…

松田茂樹『[続]少子化論』

タイトルからもわかる通り、松田茂樹『少子化論』(2013)の続編というべき本になります。 『少子化論』はバランス良く少子化問題を論じたいい本でしたが、そのこともあって著者は政府の少子化問題の会議などにも参加しています。 『少子化論』は、仕事と育…

中井遼『欧州の排外主義とナショナリズム』

イギリスのBrexit、フランスの国民戦線やドイツのAfDなどの右翼政党の台頭など、近年ヨーロッパで右翼政勢力の活動が目立っています。そして、その背景にあるのが移民や難民に対する反発、すなわち排外主義であり、その排外主義を支持しているのがグローバリ…