海外小説

 アレクサンダル・ヘモン『愛と障害』

白水社<エクス・リブリス>シリーズの新刊は、ボスニアのサラエヴォ出身で現在はアメリカにおいて英語で執筆活動を行っているアレクサンダル・ヘモンの短篇集。 「天国への階段」、「すべて」、「指揮者」、「すてきな暮らし」、「シムーラの部屋」、「蜂 …

 グレッグ・イーガン『白熱光』

ハードSFとして知られるイーガンですが、今作はとりわけハード。 こんなフレーズを前に出た短篇集『プランク・ダイブ』の時にも使った気がしますし、『ディアスポラ』も相当ハードだったわけですが、この『白熱光』はとりわけハード。しかも、ストーリーの仕…

 残雪『かつて描かれたことのない境地』

現代中国の女性作家・残雪(ツァン シュエ)の日本オリジナル短篇集。1988年に発表された「瓦の継ぎ目の雨だれ」から2009年に発表された「アメジストローズ」まで、20年近いキャリアの中から選ばれた短編が年代順に収めれられています。 以前から紹介されて…

 シュテン・ナルドにー『緩慢の発見』

「緩慢の発見」という奇妙なタイトルの付いた本ですが、中身は北極圏を探検した冒険家ジョン・フランクリンについての伝記的な小説になります。 ジョン・フランクリンは19世紀に活躍したイギリスの冒険家で、タスマニアの総督なども務めた人物ですが、何と言…

 ロベルト・ボラーニョ『売女の人殺し』

短篇集の『通話』、大長編の『野生の探偵たち』、『2666』と白水社からの刊行が続いていたチリ生まれの作家ロベルト・ボラーニョ。ついに「ボラーニョ・コレクション」としてその他の代表作もまとめて出るようです。 そんな「ボラーニョ・コレクション」の第…

 マイケル・オンダーチェ『名もなき人たちのテーブル』

映画にもなった『イギリス人の患者(映画タイトルは『イングリッシュ・ペイシェント』)、『ビリー・ザ・キッド全仕事』、『アニルの亡霊』、『ライオンの皮をまとって』、『ディビザデロ通り』などの作品で知られるスリランカ出身のカナダ人作家マイケル・…

 アレハンドロ・サンブラ『盆栽/木々の私生活』

盆栽の世話をすることはものを書くことに似ている、とフリオは考える。ものを書くことは盆栽の世話をすることに似ている、とフリオは考える。(82p) この本には、チリの作家でポスト・ボラーニョ世代の一人、アレハンドロ・サンブラの中編が2篇収められてい…

 クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』

「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」の最新刊は、『魔法』、『奇術師』、『双生児』などの「語り」と「騙り」を駆使した作品で知られるクリストファー・プリーストの連作短編。<未来の文学>シリーズの『限りなき夏』を読んだ人には馴染みのある「ドリーム・アー…

 メシャ・セリモヴィッチ『修道師と死』

松籟社・<東欧の想像力>シリーズの第10弾はボスニア生まれの作家メシャ・セリモヴィッチの代表作『修道師と死』。セリモヴィッチはこの作品でユーゴスラヴィアで最も権威のある文学賞NIN賞を受賞しています(ダニロ・キシュが『砂時計』で受賞した賞)。 …

 ホセ・ドノソ『境界なき土地』

世界文学史上もっともグロテスクな大作とも言える『夜のみだらな鳥』、そして驚異的な完成度を誇る『三つのブルジョワ物語』などで知られるドノソ(ドノーソ表記もあり)の小説が、水声社の「フィクションのエルドラード」シリーズから登場。 このシリーズか…

 ポール・ラファージ『失踪者たちの画家』

思い描いてほしい、死んだ男がある都市に着くところを。 こんな書き出しで始まるポール・ラファージ『失踪者たちの画家』は、架空の不思議な街を舞台にした都市小説。主人公が姿を消した恋人を探すというのが基本的なストーリーですが、そうしたストーリーよ…

 ハリー・マシューズ『シガレット』

実験的文学者集団「ウリポ」所属の米の鬼才による、精緻なパズルのごとき構成と仕掛けの傑作長篇。絵画、詐欺、変死をめぐる謎……その背後でいったい何が起きていたのか? ニューヨーク近郊に暮らす上流階級13人の複雑な関係が、時代を往来しながら明かされる。…

 ピーター・ディキンスン『生ける屍』

マニアックなラインアップで有名だったサンリオ文庫、サンリオが出版事業から撤退したために全て絶版になり古書価格が高騰してしまったわけですが、その中でも高くて有名だったのがこの本、ピーター・ディキンスン『生ける屍』です。 と聞くと、「どんなすご…

 アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』

もはや出ることはないんじゃないかとまで思われた国書刊行会の<短篇小説の快楽>シリーズの第4弾・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』が、まさかの登場! 第3弾のレーモン・クノー『あなたまかせのお話』が2008年の秋でしたからね。もう前回の刊行…

 R・A・ラファティ『第四の館』

国書刊行会<未来の文学>シリーズの最新刊、ラファティ『第四の館』がようやく登場。出る出るって言ってからが長かったですね。 で、肝心の中身の方は、ラファティらしくかなり変わった小説で、「超人類への進化」というSFの王道的なテーマの作品でありなが…

 ロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』

俺たちは十人だった。居間の真ん中でお互いの頭にピストルを突きつけていた二人はもう死んだことにするなら、八人だ。その十人のうち、これってマジな話かよって自問していたのは、俺だけじゃないはずだ。もちろん、俺たちは飲んでいたし、リックの両親の家…

 チャイナ・ミエヴィル『言語都市』

『ペルディード・ストリート・ステーション』や『ジェイクをさがして』、『都市と都市』など、アイディアの詰まったSF作品を次々と夜に送り出しているチャイナ・ミエヴィルの長編が「新★ハヤカワ・SF・シリーズ」に登場。 裏表紙に書かれている内容紹介は以…

 アルベルト・ルイ=サンチェス『空気の名前』

白水社<エクス・リブリス>シリーズの1冊。 帯には「「現代のシェヘラザード」が紡ぐ精緻な物語のアラベスク/北アフリカの港町モガドールで若い娘ファトマが投げかける謎めいた眼差し、町の人々のあいだで交錯する生と性の予感…。/メキシコで最も権威ある…

 ミハル・アイヴァス『もうひとつの街』

主人公の男がプラハのある古本屋で菫色の装丁が施された本をたまたま手にとると、そこに見たこともない文字が印字されていました。その謎に引かれた主人公はその本を手に入れ、それをきっかけにシュルレアリスム的な「もうひとつの街」に迷い込みます。 いつ…

 ジョナサン・フランゼン『フリーダム』

家族小説の傑作。とにかく読んでて面白い。以上。 これだけで書評を終えてしまいたくなるのが、このジョナサン・フランゼン『フリーダム』。750pを超えるかなりのボリュームですが、最後まで物語のパワーは衰えず読み進めることができると思います。 ただ、…

 ラジスラフ・フクス『火葬人』

松籟社シリーズの第9弾。ラジスラフ・フクスはチェコの作家で、ボフミル・フラバルやミラン・クンデラとは違い1968年のプラハの春以降もチェコにとどまって作品を発表し続けています。 そんなフクスが1967年に発表したのがこの『火葬人』。 舞台は1930年代後…

 ジョー・ブレイナード『ぼくは覚えている』

ぼくは覚えている。封筒に「五日後下記に返送のこと」と書いてある手紙をはじめて受け取ったとき、てっきり受け取って五日後に差出人に送り返すものと思いこんだことを。 これがこの本の冒頭の部分。基本的にこういった断片がずっと200ページ以上にわたって…

 キース・ロバーツ『パヴァーヌ』

1588年、エリザベス1世が暗殺され、スペインの無敵艦隊がイギリス上陸作戦に成功。イギリスはローマの支配下に入り、宗教改革の動きは潰される。そんな「歴史のIf」があったら… 「歴史のIfもの」というのはSFの一つのジャンルで、「第2次世界対戦で日本やド…

 キルメン・ウリベ『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』

著者はスペインのバスク地方に生まれたバスク人で、この小説のオリジナルはバスク語で書かれています。 バスク人といっても日本では多くの人がピンと来ないかもしれませんが、タイトルの「ビルバオ」という地名を聞いて、サッカーファンならアスレティック・…

 ロベルト・ボラーニョ『2666』

ロベルト・ボラーニョの遺作『2666』、本文855ページ、上下二段組というほとんど辞書レベルの質量を持った本ですが、さすがに面白く読み応えがありました。 ただ、ボラーニョという人の作品はなかなかつかみどころがない作品も多く、この作品もその魅力を一…

 テア・オビレヒト『タイガーズ・ワイフ』

著者は1985年にユーゴスラヴィアのベオグラード生まれの女性で、92年に内戦の激化するユーゴを離れ、キプロス、そしてエジプトへと渡り、97年にアメリカに移住。大学で文学を学び、この小説が長編デビュー作というテア・オビレヒト。 戦争が集結して間もない…

 ウラジーミル・ソローキン『青い脂』

それにしてもお前は壊蛋[フワイタン](卑劣漢)だな。你媽的[ニーマーダ](くそったれ)。 (中略) どうしてお前がこんなにも長い間許しを請い、そしてBORN=IN=OUTで自分を罰してくれるなと懇願していたのか、今なら理解できる。 お前が生まれつきラ…

 オラシオ・カステジャーノス・モヤ『無分別』

「アルゼンチンやチリで行われたことなど、グアテマラでの先住民虐殺に較べたら子供の遊びのようなものだ」 これは「訳者あとがき」で紹介されている、この本の作者のモヤが日本の酒場で漏らした言葉です。 1961年から36年間続いたグアテマラの内戦。この内…

 W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』

評判の高い本ですが、未読だったので新訳が出たのを機に読んでみました。 確かにこれは間違い無くいい本。ただ、どんな本なのかを説明するのは難しい。 まず、「アウステルリッツ」というタイトル。当然、「アウステルリッツの戦い」から来ていて、その地名…

 コルム・トビーン『ブルックリン』

表紙裏に書かれているあらすじをは以下のとおり。 舞台はアイルランドの田舎町エニスコーシーと、ニューヨークのブルックリン、時代は1951年ごろから2年間あまり。主人公アイリーシュはエニスコーシーに母と姉とともに暮らす若い娘。女学校を出て、才気はあ…